朋也たちの放り込まれた地下牢は、いかにも急ごしらえの印象があった。部屋の半分は芋や穀類の詰まった麻袋が占拠し、青臭い匂いも残っているところをみると、残りのスペースに貯蔵してあった野菜類を一時的に移したものと思われた。食糧庫に使われているだけあって、ひんやりした空気が地下のフロアを循環しているのがわかる。どこかでかすかに水の流れる音も聞こえる。地下水を利用して温度を一定以下に保つ仕組みだろう。クルルは村の北側に大きな湖があると言ってたから、その湖から引いてきているのかもしれない。
　もっとも、ドアには鉄格子がはまり錠もしっかりかけられていた。これも監禁を目的としたのではなく防犯用、つまり泥棒対策なんだろうが。のどかなエデンのウサギ族の村にも泥棒は出没するのかもしれない。
　それでも、村人たちは、簡易ベッド１台と毛布、エデンでは照明用として広く普及している半永久的に蛍光を発する鉱石ランプまでは用意してくれていた。こんなところに着の身着のままで放り込まれたら風邪を引くこと請け合いだ。そこまでぞんざいに扱う気はないということだろう。
　６畳ほどの広さしかない地下の１室に、いま朋也はジュディと２人きりで閉じ込められていた。ミャウとマーヤは、穀物袋のうずたかく積まれた壁を挟んだ向こう側にある別室に入れられた。違う落とし穴にかかったクルルは、他の村人たちに別の場所へ連れて行かれたらしい。村の男たちに代わって自主的に出稼ぎに出ているような健気な女の子に、まさかひどい仕打ちはしないだろうけど……。今頃たぶん朋也たちのことについて事情聴取を受けているんだろう。早く誤解が解けて連れ出してもらえることを祈り、当面おとなしくしている以外に選択肢はないように思われた。
　ところが、捕まってからかなりの時間が経過しているにもかかわらず、地下２階のここまで村人の誰かが降りてくる気配は一向になかった。まさか、クルルが俺たちを売ったりするとは思えないし……。
　それにしても腑に落ちないのは、村人たちが朋也たちのことをひどく怒っていたことだった。神獣の遣いであるマーヤまで問答無用で引っ立てるくらいだからよほどのことに違いないが、彼女たちの恨みを買った覚えなどまったくない。朋也はエデンに来て以来、誰かにずっと翻弄され続けている気がしてならなかった。
　朋也はドアの前まで来ると、ノブを回してみた。前後にゆすってみる。鍵はモノスフィアと同じ物理的なもので、特別な原理が用いられているわけではない。それでも、鍵には違いなかった。押しても引いてもびくともしない。少々乱暴にガチャガチャやってみても結果は同じだった。
「駄目だ、開かないや」
「やっぱり駄目か……」
　ベッドのところまで戻ってきた朋也と入れ替わるようにジュディが立ち上がる。扉に向かって殴りかかったり、蹴飛ばしたり、体重をかけてノブを思い切り引っ張ったり。少し休んでから彼女がまた同じことを繰り返そうとしたため、さすがに朋也も声をかけた。
「おい、手が痛くなるだけだからやめとけよ？」
「だって、ご主人サマが！」
　ジュディは振り返ると今にも泣きそうな声で抗議した。
　彼女の気持ちはわかる。千里がさらわれてからもう２晩が経過している。やっと居場所を突き止められたと思ったら、こんなところで無為な時間を過ごす羽目になるとは……。大体、組織の連中が彼女を誘拐した真の目的がわかっていない以上、彼女の身がいつまでも安全だという保証はない。
　もしかしたら、千里はユフラファにいた間、いま朋也たちが閉じ込められているこの地下牢に入れられてたかもしれないな……。朋也はいまジュディと２人でいる分マシだが、彼女は独りぼっちで耐えていたんだろう。もともと芯の強い女の子だとはいえ、いつも一緒にいるジュディがそばにいなくて、とても寂しい思いをしていたに違いない。そう思うと、朋也もやりきれなかった。
「アオオ～ン！　ウオオ～ン！」
　遠吠えを始める。向こうじゃ無駄吠えしたことなんて全然なかったが、ずっと千里不在でさすがにこたえてるんだろう。ちょっと焼芋屋が近所を通りかかったときのバックコーラスに近いけど。
「うるさいニャ！　このバカイヌ！」
　ミャウが壁をたたいて抗議の声を上げる。
「そういや、ミャウとマーヤは隣の部屋に閉じ込められてたんだっけ……。おお～い、そっちの２人は大丈夫かぁ！？」
「大丈夫じゃないわよぉ～。ミャウ～、お願いだからそんな物欲しそうな目であたしを見ないでぇ～」
　やれやれ……。
　少し落ち着きを取り戻したジュディが、首をかしげながら口を開いた。
「……ねえ、どうしてあの２人とボクたちを別々の部屋に分けたのかな？」

＊選択肢    仲がよさそうに見えた    ジュディが男に見えた