「そうだな……」
朋也は少し自分の頭で考えを整理してからマーヤの問いに答えた。
「正しいこと、だと思うよ。モノスフィアじゃ自由に生きられない動物たちはいっぱいいるんだもんな。ミオやジュディが、同じ犬猫の間でさえよっぽど恵まれた境遇にあるのはわかってる。でも、マーヤたちがゲートを開いてくれるおかげで、みんなエデンで生きる切符を手に入れられるんだから、何も悩むことなんかないんじゃないかな? 助けられた動物たちだって感謝してるんだろ?」
「まあ、朋也にそう言ってもらえると、あたしも少しは気持ちが楽になるかなぁ……」
マーヤの台詞の意味は、朋也にはよく理解できなかったのだが、話を続ける。
「俺、神話とか寓話とかそういうのには全然疎いんだけど……最初にこのエデンについてマーヤに解説してもらった時、『ノアの箱舟』の話を思い浮かべたよ。箱舟で洪水から動物たちを救うのは、神獣じゃなくてニンゲンだけどね……。そもそも、聖書に書かれてるエデンってのは、確かニンゲンが原罪を犯す前に住んでいた楽園で、他の動物に唆されて追われる羽目になったんじゃなかったかなあ?」
「きっと、エデンを去った顛末やその時の記憶の断片が、そんなふうに神話や伝承の中に紛れ込んでるんでしょうけどぉ……。それにしても、ずいぶん虫のいい話ねぇ。神鳥様を殺め、アニムスの封印を解いてエデンを大混乱に陥れたのは一体誰だと思ってるのかしらぁー!」
そうやって怒る元気はまだ残ってるみたいだな。苦笑している朋也に、マーヤはあわてて弁解した。
「ごめ~ん。朋也や千里のこと、悪く言う気はこれっぽっちもないのよぉ~~」
「いや、気にしてないよ。第一、全然反論できない……」
「クルルに会ってわかったと思うけどぉ、神獣様とあたしたち妖精、それに移住してきた動物たち以外のエデンの住民は、みんな生身のニンゲンのことは知らないのぉ。伝説の中だけの存在みたいなものかしらぁ。何しろ、170年前のことだしぃ。でも、モノスフィアもニンゲンも、神話でも伝説でも何でもないのよねぇ……。ゲートを開いたことで、あたしたちは否応なく現実を突きつけられたわぁ。避難民の中には目も当てられないほど酷い仕打ちを受けて、手当てをしても助からない子もいるのぉ。心と身体に深い傷を負いすぎてねぇ。エデンに来れば、生命力が大幅にアップするから、大抵の怪我や病気は治っちゃうはずなのにぃ……」
自分が責められているわけではないとはいえ、マーヤの話は朋也には耳が痛かった。
「だから、紅玉を奪って封印を解く大罪を働いた、神獣様も恐れるほどの凶悪種族っていうイメージをずっとニンゲンに対して抱き続けてたわぁ。なんて恐ろしい生きものなんだろぉってぇ。でもぉ……朋也や千里を見てたら、あたし何だかわからなくなってきちゃったぁ。ニンゲンが本当にそんなに怖い生きものなのか……。あの子たちの姿と同じく、あなたたちの存在だって紛れもない現実なんだものねぇ。なんたって今あたしの目の前にいるんですものぉ」
マーヤは朋也ににっこり微笑んで見せた──恐ろしい凶悪種族の一員である朋也のことを、少しも怖れていないと示すように。
「……ホントはねぇ、朋也たちに会う前も、ひどいことされやしないかって、震えが止まらなかったんだよぉ」
!? 饒舌になりすぎて──というより、気を許しすぎてついボロが出たというんだろうか。今の彼女の台詞は疑惑の核心に触れるものだった。
「なんだか、まるで俺たちがエデンにやってくるのを初めから想定してたみたいな言い方だけど……」
ハッと息を呑んで朋也に背を向ける。開きかけた心の扉を、またピシャッと閉められたようだった。
「朋也は……あたしのこと、信じてくれないのねぇ?」