迷った末、朋也はクルルの案を採用することにした。ジュディの言うように3日ばかり猛特訓したところで、あるいはミオやマーヤの方法を採ったにしても、トラに対抗できるとは思えなかった。だからといって、ウサギの特製料理で戦闘能力が上がるとも思わなかったのだが、体調を万全にしておくことには大いに賛成だった。ジュディみたいにカリカリしていてもいいことはあるまい。クルルの言うように畑仕事でも手伝っていれば気分も落ち着くんじゃないか、と考えたのだった。
それに……クルルがユフラファまでの道すがら話してくれたように、できることなら平和裏に解決したい。トラと一戦交えずに済む可能性はおそらく低いだろう。だが、それでもなお、朋也は彼に判ってもらうことに賭けたかった。
こうして一行は残る3日、ユフラファの農作業を手伝いながら、野菜尽くしの日々を送ることになった。ミオとジュディ、特にミオは相当不満げだったが……。
村人たちも二つ返事で協力してくれ、各家庭の自慢料理を持ち寄ってくれた。ユフラファの滋養溢れる野菜料理は村の畑で採れる野菜(モノスフィアでいえばカタカナの西洋野菜が大半を占める)が中心で、妖精の供給する酵母食品はほとんど使っていなかった。味付けは薄めで、しかも野菜のエキス自体を出汁に採って使っており、素朴な田舎料理の味わいがした。とりわけ村長夫人はシェフ並の腕で、ビスタで店でも出せば順番待ちの行列ができるだろうと思うほど美味だった。クルルのビスケットの村での評判は、みんなが彼女に気を回しただけだったんだろう……。
ジュディはご馳走を前にたちまち機嫌を直した。ミオだけは1人でムスッとして「熱すぎるニャ!」とか「苦いニャ!」とか文句を垂れていたが、ウサギたちは彼女にも気を遣って、マタタビのスパイスを工夫してくれたりもした。それだけで食が進むタイプじゃないことは、朋也にはわかっていたが……。
畑仕事にも思った以上の効果があった。村のウサギ族と協力しながら土いじりに精を出していると、モヤモヤした後ろ向きの気分が吹き飛ばされる気がする。とりわけ、トラにこてんぱんにやられてイライラが募っていたジュディにはうってつけの処方箋だったろう。一日目は張り切りすぎて腰を少し痛めたようだが……。
そのうえ、村の女の子たちはマッサージまで申し出てくれた。朋也はさすがに恥ずかしくて断ったけど。いきなり地下牢にぶち込んだことで恐縮しているのもあろうが、神殿に連れて行かれた村の男衆がやはり気がかりなのに違いない。千里だけでなく、ユフラファの村人たちのためにも、トラとの交渉を成立させるのが朋也たちの使命といえた。
朋也たち4人は村長の家に泊めてもらったが、クルルは農作業が終わると1人で自宅に戻り、当日の携帯食になる特製ビスケットの製作に励んでいた。
3日目、畑に出ようと仕度していた朋也のもとに彼女がやってきて声をかけた。
「朋也! クルル、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「え、なに?」
「実はね、ビスケットに入れようと思ってたハーブを一種類切らしちゃってたんだ。この辺じゃ、ルネ湖の真ん中にある島にしか生えてないんだけど……あそこは最近ちょっと手強いモンスターが出没しててさ。朋也、クルルと一緒に採りにいってくれる?」