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 結局ミオが見つからなかったので、2階に引き返してみると、ジュディはおらず、千里が1人でぼんやり月をながめていた。今なら大丈夫かな?
 ゆっくり近づいていく。千里は朋也に気づくと、振り返って微笑んだ。また月に視線を戻しながらつぶやく。
「不思議だよね……エデンの月も、私たちの世界の月と同じはずなのに、こっちのお月さまのほうがきれいに見えるわ。やっぱり空気が澄んでるからかな?」
「たぶんね」
 朋也もうなずいて微笑み返す。
「感動の再会のほうはもう十分満喫したかい?」
「ウフフ、まあね」
 それから彼女は改めて朋也に向き直った。
「あの……お礼が遅くなっちゃったけど、ジュディを助けてくれて本当にありがとう。あと、私を助けに来てくれたことも……」
 面と向かってお礼を言われると恥ずかしくなり、朋也は頭を掻きながら応じた。
「いや、ジュディの命を本当の意味で救ってくれたのはマーヤとフィルなんだ。お礼なら後で2人に言ってよ。それに、千里を巻き込んじまったのはそもそも俺の方だからなあ……。こっちこそ怖い思いさせて本当にごめんな?」
「まあ、朋也やジュディがきっと助けに来てくれるって心のどこかで信じてたし、こんなスリル満点の冒険なんてあんたに付き合ってなかったら絶対味わえなかったんだから。いいわ、帳消しにしといてあげる」
「よかったぁ、きっとまた千里にどやされるんだろうな~って思ってたから……」
 大きく息を吐いて胸をなで下ろす朋也を、千里は腰に手を当ててジロリとにらんだ。
「ふ~ん……あんたって私のことそんな短気な暴力女のイメージで見てたわけぇ?」
「あ……冗談、冗談だってば!」
「なぁ~んてね、こっちも冗談よ」
 ペロリと舌を出す。朋也はこっそり胸をなで下ろした。
「それで、これからのことなんだけど……どうするつもり?」
 千里は真面目な口調に戻って尋ねた。
「うん、そのことなんだけどね……。ミオは見つかったんだし、ともかく千里は早く家に帰った方がいいと思うんだ。マーヤに頼んでゲートをすぐにでも開いてもらうように──」
 朋也は千里の顔を正面から見られなくなり、隣に並んでエデンの月を振り仰いだ。
「朋也はどうするのよ!?」
「うん……」
 しばらく逡巡してから、彼は自分の決意を告げた。
「俺、エデンに残ろうと思う」
「!!」
 千里はハッと息を飲み、目を見開いて朋也の横顔を見つめた。
「あれからずっと考えてたんだ。なぜベスもトラも死ななくちゃならなかったんだろう? ベスをあんなふうに復讐に走らせたのは俺たちニンゲンの所為なのに──いや、そもそも俺たちの祖先がアニムスの封印を解いたりなんてしなければ……」
 ゆっくりと言葉を選びながら、彼は話を続けた。
「トラが言ってたよ。この世界を好きになった、エデンを、ここに住むひとびとを、護りたいって。俺も……好きになっちゃったんだ。マーヤやフィルやクルルが暮らすこの世界が……この世界に暮らすみんなが……。トラに約束したんだ。今このエデンは危機に瀕しているけど、誰かを犠牲にしなくてもそこから脱け出す方法はきっとある。それを探し出してみせるって。トラやベスのためにも……。もしかしたら、俺がこの世界でただ1人のニンゲンってことになっちゃうのかもしれないけど……。ま、幸いミオだっていてくれるし、ね」
 そこまで話して、やっと千里に笑顔を向ける。
「ゲートまでは送ってくよ。だから──」
「だったら……だったら、私も残る!!」
「何だって!? 両親が心配するだろ? 俺は別に構わないけど……」
 朋也は語気を強めて諭そうとしたが、彼女はサラリと言ってのけた。
「あんたと同時に行方不明になれば、きっと駈け落ちだと思ってくれるでしょ?」
「おいおい(--;;」
 千里は真顔に戻って続けた。
「私も朋也と同じ気持ちなんだよ? エデンが好き……。私で力になれることがあれば、手伝いたいの! もう二度とベスみたいな子を産み出したくないもの。敦君を悲しませるようなこと、もう起こって欲しくないもの。だから……。それに、私もジュディさえそばにいてくれれば寂しいことなんて何もないし、ね」
「でも、前よりもっと危険な目に遭うかもしれないんだぞ!?」
 朋也がなおも食い下がると、千里は何やら自信ありげに笑みを浮かべた。
「いい? 見ててよ?」
 彼女が目を閉じて神経を集中し始めると、驚いたことに両手が淡いピンク色に光り始めた。
「ルビーッ!!」
 一声叫ぶと同時に、部屋の一角に炎が燃え盛る。朋也は腰を抜かして目を白黒させた。やっとのことで息を継ぎ、素っ頓狂な声を上げる。
「な、何だい、今のは!? まさか魔法!? 一体どこで習ったんだ!?」
「サファイアッ!!」
 今度は蒼い閃光とともに掌から冷気がほとばしる。単に消火のために唱えたようだが。それから、ポカンとして自分の顔を見つめる朋也に向かって、千里は胸を張ってみせた。
「エヘン♪ どお、すごいでしょ? 私にも実はよくわからないんだけど……あの時フェニックスの光を浴びてから、急に使えるようになったの」
 そういえば、ベスに対して必死に治療を施そうとしたときも、ヒーリングの力を発揮してたっけ? 神鳥の光を浴びて彼女の身体に異変が起こったのが原因に間違いなさそうだ。誰に教わるでもなく、あっという間にここまで使いこなせるようになったとすれば、やっぱりたいしたものだけど。
「はぁ、俺なんて未だに傘振り回してるレベルだからなぁ。これじゃ千里の方がよっぽど頼りになりそうだ……」
 そう言って、朋也はがっくりとしょげ返った。
「ねぇ? だから、私も一緒に残ってもいいでしょ?」


*選択肢    わかった    ダメなものはダメ

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