「くっ……ご主人サマは……このボクが守るんだっ!!!」
誰もが身動き1つままならぬなか、主の危機を目前にしたジュディは渾身の力を振り絞って立ち上がった。
「水煙剣!!」
ゲドからスキルを分譲されて得た必殺技の1つを、千里を拘束している魔力の鎖に向けて放つ。狙ったわけではないだろうが、雷属性の光束がジュディの水属性攻撃によってショートしたため、千里はカイトの手に渡る途中で戒めから解かれた。
「おっと、僕としたことがちょっとしくじったかな? もう反抗できないと思ったのに、どうやら痛めつけ方が足りなかったみたいだね……」
「ふざけるな、この野郎っ!!」
激昂したジュディは、剣を振りかざすとカイトめがけて猛然と突っ込んでいった。
「おとなしくしていろ。松果突!!」
走るジュディの頭上めがけて天からリルケが急降下し、後頭部に高速の突きをヒットさせる。相手を麻痺させる効果を備えたカラス族のスキルだ。
ジュディは意識を失ってその場にばったりと倒れた。その彼女の身体を抱いて、リルケが連れ去ろうとしたときだった。
「今すぐその子を離しなさい」
起き上がった千里が憤怒の形相で2人の敵をにらみつけた。
「今、すぐ、私のジュディを、離しなさいっ!! ジェネシスッ!!!」
ジェネシス──それは炎・氷・雷の3属性を併せ持つ、あらゆる魔法の中でも最強最上位の魔法だった。朋也が目にしたのはもちろんこれが初めてだ。その威力は、あの神鳥フェニックスの放つルビーLVⅢさえ色褪せて見えるほどすさまじいものだった。
朋也たちパーティーの仲間も、地に伏せて衝撃をやり過ごすのが精一杯だった。戦闘現場となったモルグル地峡の谷間の地形まで変わってしまっていた。爆心地に近い山肌がすっかりえぐり取られ、いくつかの丘陵の上部が消し飛んで標高も下がっていた。
リルケは急いで高空に退避して無事だった。彼女に抱きかかえられたジュディも。千里は当然狙いを外したのだが。
直接ターゲットになったカイトはかろうじて立っていた。持てる防御手段のすべてを行使したんだろう。彼は呆然とした表情で千里を凝視した。しばらくしてから、口笛を吹いて苦笑いを浮かべる。
「ヒュウ……危ない危ない、さすがの僕も間一髪でやられちゃうとこだったよ。一体、どこにそれだけの力が残ってたんだい? これもフェニックスの霊力の賜物というわけか……さすがは≪鍵の女≫だね。こりゃ、いったん退散するしかなさそうだ」
意識のないジュディを抱えたリルケがカイトの隣に降り立つ。カイトが片手を掲げると、2人の背後に空間の歪みが出現した。クレメインの森の外れで襲ってきた〝サンエン〟が出入りしていたものと同じやつだ。
「待て、カイトッ! ジュディをどうするつもりだっ!?」
あわてて崖下に駆け寄った朋也が叫んだ。
「千里君の代わりにこの子を預かっていくことにするよ。無事に取り戻したかったら、レゴラスの神殿まで来たまえ。半月後に今度は皆既日蝕がある。日蝕の始まる時刻が期限だ。必ず彼女を連れてくるように……いいね、朋也? それじゃ、アディオス!」
そう言い残すと、カイトとリルケはジュディを伴ったまま次元の穴に潜っていった。
「ジュディーーーッ!!!」
千里は悲痛な叫び声を上げながら、崖を這い上がろうと岩をつかんだ。だが、その時にはすでに異次元トンネルの入口は閉じ、何事もなかったかのように青空が広がっていた……。
その場にくずおれ、肩を震わせる。
「そんな……どうして……どうしてなのっ!? やっと再会できたばかりだっていうのに……」
彼女のそばに立ち尽くしたまま、朋也は拳を握りしめた。せっかく千里を無事に救出できたと思ったら、今度はジュディが誘拐されることになろうとは。それも、相手はトラやベスに代わって同じく顔見知りの近所のネコ、カイトだなんて……。
「おい、ミオ。あいつ、一体何考えてんだ?」
ミオは顔をしかめて肩をすくめた。
「さあ……あたいに訊かれても困るわよ。あたいはあたい、カイトはカイト、彼の行動の動機ニャンていちいちあたいは知らニャイし、責任だって持てニャイわ。それより……」
そこで彼女はマーヤを振り返った。
「レゴラスといえば神獣キマイラの居城よ。あたいより誰かさんに尋ねた方が早いんじゃニャくて?」
「何だって!? まさか……神獣が実は黒幕だったっていうのか!?」
朋也も同じく神獣の部下である妖精を振り向く。
自分でそう口にしてみて、朋也はやっと、今回のオルドロイの一件が終わってからも解けずに残っていた疑問──マーヤの挙動、リルケの妨害、ベスやトラの発言の意味が、次第に1つのパズルのように組み合わせれ始めた気がしてきた。
そういや、聞き違いだと思ってたが、ベスはカイトに嵌められたとか言ってたっけ? もしかして、事件は片付いたどころか、今まさに緒に就いたばかりなのかもしれない……。
千里も顔を上げた。
「マーヤちゃん……どういうことなの!? 返答次第では、私──」
その先を続けなかったものの、にわかに彼女を見る目つきが険しくなる。
マーヤは一同の顔を見回しながら、しどろもどろに首を振って答えた。
「あたし……あたし……知らないよぉ……」
「あなた、神獣の遣いなんでしょ!? どうして知らないわけがあるの!? 目の前でジュディがさらわれても、あくまでシラを切るつもり!? まさか……始めから私たちを欺くつもりで近づいたんじゃ……」
興奮した千里が彼女に詰め寄る。
「お願い、朋也ぁ……信じてよぉ……」
マーヤは目に涙をいっぱい溜めながら哀願した。