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18 エルロンの森




物語に入る前に──
 後編に入ると、これまでの選択や好感度によりパーティーの構成が変わり、発生するイベントや台詞にも変化が生じる。以下のシナリオではミオ、クルル、千里の3人パーティーの状態でスタート。


 朋也たちはいま、スーラ高原の東方に広がるエルロンの森の入口に立っていた。
 前日にジュディをカイトとリルケにさらわれた後、4人はいったんオルドロイ山中のフェニックス神殿まで引き返した。
 理由の1つは、エルロンの森に向かう前に装備を整えるため。エルロンの森の面積はクレメインよりさらに広大で、シエナへの行程は2日がかりになることが予想され、入念な準備が必要だったからだ。幸い、モンスターも出現しなくなったし、イヌ族の連中が物資の大半を放置していってくれたおかげで、神殿は前線基地としてはもってこいだった。もちろん、屋根のある所で休めるうちに休んでおく意味もあった。千里は、オルドロイへ来るまでの間のジュディみたいに、一刻も早く行動に移りたがったけど……。クルルはその間にビスケットを大量に作り、余った分は3人組に分けてやった。ジョーはジュディと同じタイプで喜んで食べた。ブブは文句を垂れながらも5人前たいらげた。ゲドは味覚に関してはむしろミオに近かったらしく、「やべえ、発作だ!」とか言って逃げ出した……。
 神殿に戻ったもう1つの理由は、朋也たちの代わりに一連の事件の報告をしにユフラファに行ってもらうよう、ブブたちに頼むためだった。組織の一員として非難を浴びかねないことを彼らにお願いするのは気が引けたが、ブブは「兄貴に代わってできることは何でもやるさかい、任しとき!」と胸をたたいた。3人ともそのまま村に留まって、男衆の留守中に溜まった仕事を引き受けてくれるとまで言ってくれた。ウサギ族の場合、前駆形態の性差を引き摺って、他の種族に比べ男女間の体格差にかなり開きがあった(神獣は成熟形態への移行にあたって、ジェンダーに配慮した補正まではしなかったようだ)。屈強なウサギ族の男性の1人は、トラ以外の組織のイヌたちを軒並み打ち負かしたとか。そういうわけで、力仕事は男性に負っている部分がどうしても大きかったのだ。3人が手伝ってくれれば村も大助かりだろう。
 まあ、心配な部分もなくはなかったけど。ブブは釜の飯を独り占めしそうだし……ジョーはとんちんかんなことをしてむしろお荷物になりそうだし……一番気がかりなのはゲドだ。朋也の懸念を先読みしたのか、ブブは発作がひどくなれば地下牢に問答無用で閉じ込めるし、トラに代わって自分が責任を持つと請け合った。それで、本人も自分で耐える努力をすると言っているのだし、信用してやろうと朋也も思い直した。女性に囲まれた環境でしばらく暮らせば、返ってリハビリになるかもしれないよな。クルルは村長夫人と家族宛に手紙をしたため、彼に託した。
 ゲドとジョーは同族でもあるジュディの安否をとても心配して、千里に励ましの言葉をかけてくれた。千里をさらった張本人であり、一度は彼女に変な気を起こしてトラにたしなめられたゲドだったが、千里はすっかり水に流したうえ、ジュディにスキルを譲渡してくれたことに対し、深い感謝の意を示した。彼女に手を握られて赤面するあたり、吊り橋で会ったときは悪ぶって大口をたたいていたが、意外と純情なやつなのかもしれない。2人はまた、大陸の東にはダリというかなり大きなイヌ族主体の街があり、自分たちは行ったことはないのだが、何かの助けが得られるかもしれないから可能なら寄ってみるといいと、アドバイスまでくれた。
 神殿を発つ前、ブブが奇妙な話を教えてくれた。エルロンの森には妖精の隠れ里があるというのだ。そこに住む妖精たちは、神獣の指揮下でエデンを管理・運営するという妖精の職務を離れ、ひっそりと自給自足に近い生活をしているとか……。あくまで噂やと断ったうえ、行く気があるならエルロンの森の精の助力を借りてはいけないとも。というのも、妖精たちは他の種族と違って業務外の仕事に就いたり、あるいは職務を放棄することは禁じられているため、隠れ里の存在は公に認められていない。つまり、彼女たちはエルロンの森の精にこっそり匿われており、そのことを尋ねても否定されてとっとと追い出されるのがオチだというのだ。もっとも、ただでさえ広大で迷いやすいエルロンで、自力で隠れ里の場所を探り当てるのはかなり難しそうだったが……。
 マーヤと別れて以来、彼女のことをずっと気にかけていた朋也は、ひょっとしたらマーヤはビスタの救護センターに戻らず、隠れ里に向かった可能性もあるのではないかと考えた。マーヤが自分たちを本当に裏切ったとは今でも思えなかった。カイトやリルケのように積極的な役割を担ったわけではないし、おそらく核心に触れる部分についてはマーヤは何も知らされていなかったに違いない。暇さえあればしゃべっているうえに嘘がつけない体質の彼女に、肝腎な情報を握らせたりしないよな。彼女の立場で神獣に逆らえるわけもないんだし……。
 朋也はマーヤのことには触れず、キマイラに関する情報が集まるかもしれないという持っていき方で、隠れ里への訪問の可否を千里にそれとなく打診してみた。あの時はジュディを目の前でさらわれたこともあり、興奮してマーヤを追い出してしまった彼女だが、その場はとりあえず冷静に朋也の話を聞いてくれた。
「……私の答えは決まってるけど、ジュディを助けるのが遅れたりさえしなければ、今後の行動方針については基本的に朋也、あんたに任せるわ。あんたがリーダーなんだから」
 ……。まだ全面的に彼女を許す気にはなってないようだな……。
 ちなみに、朋也がパーティーのリーダーを務める件は、夕べ千里が1人で朋也のもとにやってきて持ちかけたのだった。表向きは、パーティーを率いて千里救出を成し遂げた実績(カイトとリルケのコントロール下にあったのなら、そう呼んでいいのか疑問だが……)を推挙の理由として挙げ、身内を誘拐された当事者として自分では客観的な判断を下せないかもしれないから、朋也しかいないとも付け加えた。それだけの判断ができてりゃ十分だと思うし、彼女のほうがタイプ的には生徒会役員なんかに向いてそうだけどな。まあ、本当の理由はミオだと、朋也には察しがついていた。ついでに言えば、戦闘指示の的確さを考えると、むしろミオのほうが適任だ。だが、昨日の朝のすったもんだの1件じゃないが、この2人のどちらか一方がリーダーに就けば不和のもとになるのは必至だった……。
 本意ではないが、朋也は仕方なく引き受けることにした。今朝、残る2人にさりげなく持ち出したところ、クルルは二つ返事で了承したし、ミオも文句を言わずに了承した。彼女は朋也なら操縦可能だと考えたのかもしれないけど……。
 早朝に3人組に別れを告げて神殿を出発し、こうして朋也たちは広大な森を前にしている。それにしても広そうだな。立ち止まって切れ目なく延々と連なる梢を見上げる朋也に、ミオが尋ねた。
「ところで、朋也。あんた、忘れてニャイでしょうね?」


もちろん    何を?

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