翌朝、朋也の眠りを破ったのはつんざくような悲鳴と喧騒だった。あわてて跳ね起き、表に飛び出してみると、逃げ惑う妖精たちを大きな影が追いかけていた。一体何なんだ!?
「朋也っ、気をつけて! あのエテ公よ!!」
クルルとともに先に出ていたミオが叫ぶ。
そいつには確かに見覚えがあった。クレメインの森の出口で遭遇した、3つ首のサルの姿をした謎のモンスターだ。そいつは大きな毛むくじゃらの腕を伸ばし、逃げ遅れた妖精の1人を捕まえた。まさかそのでかい口でかじりつくつもりじゃないだろうな!? 冷や汗が吹き出る。
「おい、何する気だ!? その子をすぐに離せ!!」
そこで千里がやっと合流する。寝不足だったんだろうが、スカーフを巻く時間も惜しんで飛び出してはきたようだ。続いてマーヤも。
「やめてぇーっ!!」
囚われた仲間を見て悲鳴をあげる。
「キキ……ヤット見ツケタゾ、オ前タチ。媒体ノにんげんヲ手ニ入レルツイデニ、行方不明ノ叛逆者ドモノ巣マデ突キ止メタ。アノ時潰シ損ネタ生キ残リドモモ、コレデ一網打尽ネ。オデ、サスガ。オデ、天才。きまいら様モ喜ンデ誉メテクレルネ」
こいつ、しゃべれたのか!? 頭悪そうなのは変わらないけど……。
「あ、あなた……神木の指定した森の領内は不可侵だったはずでしょぉ!?」
「ばかメ。契約違反ヲ犯シタノハ神木ノホウダ。きまいら様ハ逃亡者ヲ匿ウコトナド認メテイナイ。コレデヤット堂々ト森ニ入レルネ。アノ樹ノ精ドモ、オデ、前カラ虫ガ好カナカッタカラネ。今マデサンザンオデノコトばかニシヤガッテ。神ノ化身、三獣使ガ1人、コノさんえんきまいら様ガ自由ニ入レナイ場所ナド、アッテハナラナイノダ。ダカラ、吐カセテカラ、握リ潰シテヤッタネ。えるろんノ精モ、くれめいんノ精モ……。ザマアミロ、キキキ!」
そこでサンエンキマイラは掌の中の妖精を壁にたたきつけた。ぐしゃっという音とともに、彼女は力なくくずおれた。
まさか本当に殺すなんて……おまけにクレメインの精、あのフィルまで手にかけたってのか!?
「なんてことを……。神獣は動物たちの、すべての種族の味方じゃなかったのか!? 妖精だって樹の精だって同じ命だろうがっ!!」
爪を装着して身構えた朋也を、神獣の遣い魔は巨大な1つ目で見据えた。怒って……いや、笑っているのか?
「オ前、にんげん、本当ニ頭悪イナ。妖精ハ生キモノジャナイ。タダノ〝道具〟ダ。道具ラシクきまいら様ノ役ニ立テナイヤツラハ、壊スノミダ」
言うや否や、次の餌食を捕らえようと長い腕を伸ばす。どうやら、河童みたいに左を縮めて右のリーチを伸ばす真似もできるらしい。その手の甲に1本の矢が突き刺さり、第2の犠牲者が出る前に動きを止めた。
「ウキッ!?」
「ふざけないでぇ! 私は……私たちは……道具なんかじゃないわよぉーっ!!」
マーヤの羽が全体に金色に輝きだす。こんな色になったのを見るのは初めてだった。彼女はキマイラの分身に向かって続けざまに矢の雨を降らせた。
「キサマ、特務妖精ノクセニきまいら様ニ楯突ク気カ!? きまいら様、オ前ハ壊サナクテイイト言ッタガ、オデ、オ前ノコトヤッパリ気ニ入ラナイカラ潰シテヤル!」
サンエンキマイラは腕で頭部をかばいながら歯をむき出していたが、いきり立ってマーヤ目がけて飛びかかってきた。その彼を、今度は千里のサファイアが足止めする。
「これ以上、私の大切なお友達を傷つける真似は絶対許さないわよ!!」
「千里ぉ……」
「神ヲ殺ス大罪ヲ犯シタ冒涜者ノ一族メ。きまいら様、オ前タチハ動物トミナサナクテイイト言ッタネ。にんげんニ加担スル者モ同ジネ。オ前タチ、マトメテ一緒ニぐしゃぐしゃニ丸メテヤル!」
サンエンキマイラは千里に向かって怪光線を発射した。だが、今度はマーヤが千里をかばって魔法障壁を張り巡らせる。
朋也とミオは目で互いに合図すると、間髪入れず暴虐なキマイラの家来に打ちかかった。クルルもすかさず援護する。
クレメインでは苦戦を強いられたが、たとえ相手が神獣直属の部下であろうと、いまは負ける気がしなかった。この前よりスキルは格段に成長していたし、何よりこっちにはこれまで培ってきた抜群のチームワークがある。朋也は怒りに任せて立て続けに攻撃を浴びせまくった。
ミオと2人で連携攻撃を決めた直後に、千里とマーヤがとどめの3重魔法トリアーデの2重唱をお見舞いする。
サンエンキマイラはヨロヨロと膝をついた。だらしなく開いた大口に並ぶ不揃いの歯はボロボロに砕かれている。
「キキ……キ……オ、覚エテロ、オ前タチ……コノつけハれごらすデ倍ニシテ返シテヤルカラナ……」
じりじりと後ずさったサンエンキマイラは、いきなり横に跳んで近くにいた妖精をひっさらうと、屋根に登った。
「ムシャクシャスルカラ、今夜ハコノ〝玩具〟ヲバラシテ腹イセニシテヤル」
どこまでも最低の神の遣いだ。朋也があわてて人質の妖精を取り返そうと飛び出したときだった──