右の玄室も、左と同様に入った途端頭の中で声がした。
≪4体の骸の向きを変えて全てのかがり火を灯せ≫
こちらは入口を抜けるとすぐに3方に分かれていた。中央の通路の奥には、従者が最初から姿を現していた。こっちは前駆形態の姿のままだ。といっても、身体のサイズはセントバーナードより一回り大きく、おまけに頭が3つあったが……。いわゆるケルベロスというやつだ。顔は右からシェパード、土佐犬、コリーみたいだったけど……。そいつは台座の上で前肢を折った伏せの姿勢で、2人の様子を油断なく観察している。
最初の設問をクリアしてからでないと、どのみち相手をしてくれる気はないのだろう。とりあえず彼を無視し、メッセージの内容を確認しようと、玄室内を見回す。中央の通路の左右に穿たれた壁龕には、それぞれ5つずつの灯篭が設置されていたが、いずれも灯は灯っていない。
左右の通路の先にはイヌ族の骸骨が2体ずつ並んでこちらを向いている。骸は白、緑、オレンジ、紫に塗られている。博物館の標本みたいだが、ワイヤーや接着剤でつなぎ止められている形跡もなく、どうしてバラバラにならずに直立を保っているのか不思議だった。こいつも本物なんだろうか? あっちのミイラにしてもそうだが、何となく死者を冒涜してる気がしなくもない……。まあ、神様の仕掛けなんだから呪われたりはしないだろうけど。
「どれ、やってみよっか?」
ジュディがオレンジの骸骨のところに行き、肩を押してみる。骸骨は90度ずつの角度で回転するようになっていた。と、灯篭の1つに灯りが点く。確かめてみると、4体とも90度回す毎に灯りが点いたり消えたりし、その数も位置もでたらめのように思えた。組み合わせでいくと4の4乗すなわち256通りもあることになる。全部調べるのはなかなか〝骨〟だぞ……。
「ねえ、神様~。なんかヒントないの?」
ジュディが馴れ馴れしくケルベロスに声をかける。
「……教えてやってもよいが、その方の好感度が減るぞ?」
どうやら普通に喋れるようだ(3重のだみ声だけど)。(注1)
「そりゃ困る!」
「え? 別にいいじゃん、そんなの減ったって」
俺が困るんだってば! 不満げなジュディを作業に戻らせる。
ともかく、規則性が見つかるまでは1つずつ試していくしかない。左のときより地道な作業が必要だ。メモでも取っとかないとわからなくなるぞ? というわけで、胸ポケットに入っていた生徒手帳に記録し始める。
今頃になって少し眠気が襲ってきた。半分朦朧として伸ばした手が、たまたま灯篭の側にあるスイッチに触れる。と、いきなり骸骨が一斉に初期配置の中央の方を向いた。心臓に悪いな、これじゃオバケ屋敷だよ。目は覚めたけど……。
「む~、面倒臭いなもう~」
ジュディが投げやりに2つの骸骨を適当にグルグル回し始める。
「おいおい、そんなことやってたら意味ないだろ!?」
朋也がたしなめると、何を思ったのかジュディはいきなり骸骨の腕にかぶりついた。
「ウ~~~、ガウッ!」
それじゃ共食いだろ……。相当きてるな、こりゃ。
何とかしないとヤバイな……彼女は夢中になるとそれなりに真剣さを発揮してくれるんだが、忍耐力が続かない傾向があるんだよなぁ。千里みたいにジャーキーでも持ち歩いてりゃよかった……。
そこで朋也ははたと思い出した。そうだ、ミオ用のオヤツの煮干がまだ残ってたはずだな。制服のポケットをまさぐる。
「ほら、ジュディ! カルシウムでも補給しろ」
「あ、オヤツだ! やったあ! サンキュー♪」
2人して一休みして煮干を頬張っていると、ふと視線を感じる。ケルベロスが口元を凝視していたのだった……。
「……ケロちゃんも食べる?」
「おお、拙者にもくれるのか? かたじけない♪ ……だが、拙者の名はケロちゃんではない、ケルベロスであるぞ」
3頭に等分に煮干を分けてやると、ケルベロスは3本の尻尾を振って謝意を示した。コボルトはカタブツだと言ってたけど、結構お茶目なやつだな。
「よろしい、供物のお礼にペナルティなしで1つヒントを出してしんぜよう。4つの骸はそれぞれ1つ、2つ、3つ、4つの灯りを点けるようになっておるぞ」
何だって? じゃあ、同じ骸骨を回しても点灯する灯りの数が違うのはどういうことだ? それどころか、点いてた灯が消えて減る場合もあるのに……。
「じゃあ、あれかな? 向こうのときと同じで、2つ重なると消えるとか……」
「それだ! なかなか冴えてるじゃないか、ジュディ」
カルシウムの効果もあったかな?
「エヘヘ♪」
朋也に誉められてご機嫌になる。それから2人は、まずどの色の骸骨がいくつ消すのかを割り出すことにした。ジュディに骸骨を回してもらい、朋也がメモを取る。向きをどう変えても灯りが1つ増減するか変わらないものが1だ。また、初期状態のときは5つの灯篭を灯すフラグが全部ダブッてることになる。後は次第に手順が確立されていく。
「やった、できたぞ!!」
10の灯篭すべてに灯が入り、ジュディが歓声を上げる。朋也も額の汗を拭ってホッと息を吐いた。やれやれ……かなりしんどい仕掛けだったけど、どうにかやり遂げられたな。(注2)
2人はケルベロスの前に並んで立った。本題はこれからだ。
「ふむ、それでは始めるとしようか。それにしても……イヌ族とヒト族のペアがピラミッドの謎解きに挑みに来るとは、一体何年ぶりであろうな……。よろしい、今日は特別に出精サービスで難易度の低い設問にしてしんぜよう。さて、改めて自己紹介いたそう。拙者はカニアス=ウーの従者が1人、右の剣ケルベロスである。では、参るぞ? よいか、2人とも?」
「う、うん……」
ジュディがゴクリと唾を飲み込んでうなずく。
ピロリロ~~ン♪ ミュージックスタート……。
『問題。次に挙げる三組の種族は、かつてお互いの間でパートナーシップ契約を結んでいた。文明社会に参加している800の成熟種族のうちでも、とりわけ緊密な関係で結ばれた種族同士だ。このうち、2種族のつながりの歴史が最も長いのはどの組合せか?
1.ヒトとウマ
2.ヒトとイヌ
3.ヒトとネコ』
今度もジュディはチラッとだけ朋也を見たものの、彼に頼らず自力で答えを見つけ出そうと頭をひねった。
「2番にするよ」(注3)
「なぜそう思うのだ?」
3対の目が彼女の目をひたと見据えて問いかけた。
「ヒトとイヌの絆が一番強いのは、それだけ付き合いが長い所為もあると思うから……」
続いてケルベロスの3つ頭は朋也に向けられる。
「連れのニンゲンよ。その方も今の回答に同意するか?」
(注1):ゲーム中ではヒントを尋ねる度に好感度が下がっていく。
(注2):左の玄室と同様、クリアできずにピラミッドを出るとリタイヤ扱いになってしまう。
(注3):同じく、ジュディの好感度が一定値以上ないと、間違った回答をしてしまう。