しまった、両親がいないらしいとわかった時点で、こんな質問するべきじゃなかった……。
「ごめん……」
頭を下げる朋也に、クルルは顔を上げて明るく微笑んだ。
「気にしないでいいよ。クルルは全然へっちゃらだから」
「じゃあ、ラディッシュさんが育ての親なの?」
「ううん。クルルを育ててくれたお母さんはクローバーさんっていうの。4年前に事故で亡くなっちゃったけど……。おばさんはお母さんの友達で、クルルを引き取ってくれたんだ」
「そ、そうなのか……」
「これ」
彼女はいつも胸元に付けているブローチを外して手のひらに取った。差し出されるままにのぞきこむ。ブローチにはまった蒼い宝石は、守護鉱石のサファイアかアクアマリンによく似ているが、魔力は宿していないようなのでたぶん違うだろう。宝石といっても、研磨が不十分なうえにかなり年期が入っているとみえ、色がくすんで輝度もガラス玉に劣るほどだった。
ところが、じっと見つめていると、奇妙なことに次第に蒼い色が透明な深みを増していくように感じられる。なんだか吸い込まれてしまいそうだ……でも、決して邪悪な力は感じない。むしろ見ているととても優しい気持ちになれる……そんな色だった。あわてて目をしばたたかせ、見つめ直すと、元通りただの古ぼけた蒼い石に戻ってしまっている。
「ふ~ん……きれいなブローチだな」
「クローバー母さんがクルルを拾った時、身に着けてたんだって。今ではクルルの本当の両親を知る唯一の手がかり……。不思議だよね……見てるだけ、握ってるだけで、とっても気持ちが落ち着くんだ……」
じっと穏やかな蒼い輝きを見つめてから、再び朋也に顔を向ける。
「でもね、クルルは別に寂しいと思ったことはないんだよ? クルルはね、村のみんなに優しくしてもらったから……みんなのおかげで今日のクルルがいるから……だから、この村がクルルの家で、村中のみんなが家族だと思ってるよ♪」
そうか……いつも彼女が誰かの役に立ちたいと願ってるのは──誰かのために一生懸命になれるのは、彼女の生い立ちにも関係があったんだな。産みの親の顔も知らず、育ての親を早くに喪っても、村中の人々が支えてくれたから──みんなに愛されてきたから、みんなを愛することができるんだ……。
手を振っておばさんの家に向かうクルルを見送ると、朋也は早速どこか近くにエメラルド号を停車できそうなところはないかと探した。別に盗まれる心配なんてないだろうけど、あんまり目立つとこにも停められないしな……。結局、村の周囲を囲む生垣の、通用門からそれほど離れていない場所にする。
その後、公民館のある村の中央広場に足を向ける。家々の窓は閉められ、灯りも見えない。やっぱりみんな就寝中だ。朋也がなるべく音を立てないようにそっと歩いていたときだった。
前方から別の誰かの足音が聞こえてくる。クルルか? 早いな、やっぱり家の人は寝ちゃって戸も閉まってたんだろうな──と思ったら、どうやら彼女じゃなさそうだ。誰だ、こんな夜中に?
「誰だ、こんな夜中に!?」
今の声は聞き覚えがある。思い出した、ゲドだ。後ろに見える大きな図体と三角耳の影はブブとジョーに違いない。何だ、トラの子分たちじゃないか。そういや、あの3人組にユフラファのこと任せてたんだよな。よかった、ちょうどいいや。朋也がホッとして近寄ろうとすると──
「こんな夜中に村に忍び込みよるなんてええ度胸やないか!?」
「大方、ユフラファがいま女だけなのをいいことに悪事を働こうってえ魂胆なんだろうが、トラの兄貴の遺志を受け継いだこのゲド様がいる限り、女たちにゃあ指1本たりと手は出させねえぜ!!」
「悪いことしたらお仕置きなのね、ホントにね!」
え? 街灯が遠くて暗いのでよく見えないが、3人とも不逞の輩をとっちめてやろうと腕まくりして向かってくる様子がうかがえた。ひょっとして自警団を気取って夜間パトロールでもしてたんだろうか?
「おいおい、3人とも、俺だってば! ちょっと待──」
「黙れっ! この変質者め!」
ゲドにそんなこと言われたかないな……。
詰め寄ってくる3人に向かって、自分のほうを指差して説明を試みようとするが、聞く耳を持ってくれない。駄目だ、3人とも殺気立ってる……。
確かに、俺が今頃1人で戻ってくるなんて思いもよらないだろうし、あれからどういうわけか体臭がさらに変化してウサギ色が濃くなっちゃったから、暗がりで顔が見えないと同一人物だとはわからないかもしれないが……。
「問答無用! 覚悟しやがれ!!」
3人は一斉に飛びかかってきた。どうする!?