朋也はキーを入れるとエメラルド号を発進させた。そうは言っても、城門まではスピードを出すわけにいかず、そろそろと徐行運転で進む。シエナには夜行性の種族も多く、大通りはこの時間でも人通りが絶えなかったからだ。
通行人はみな樹の精とヒト族を乗せた自走車が来ると、ジロジロとヘンな目で見ながら道を開ける。まあ、慣れてもらうまでは仕方ないか。ただ、城門の守衛には行方不明事件解決の報せが渡っていたとみえ、すんなり通してくれた。
市街地から出ると、そのまま北西を目指してぐんぐんとスピードを上げていく。最初の目的地はエルロンの森だ。その先はクレメインの森まで、自分がこれまで旅をしてきたルートを出発点まで戻っていくことになる。間に横たわる山脈をぐるりと迂回しなくてはならないため、一晩中フルスピードで飛ばしてもクレメインに朝までに到着するのはかなり厳しいと思われた。大陸の東西を結ぶルートは他にもあると聞いていたが、いずれも更に遠回りになるから、結局この道を使うしかない。
夜間フィールドに出没するモンスターは日中よりもレベルが高く、夜行性の住民も含め市街地の外を移動しようとする者はまずいない。長距離行でもあるし、事故の危険も少ないことから、朋也はスロットルを全開にして時速100キロまでスピードを上げた。オデッサ平原を抜け、エルロンの森に入る。エメラルド号にはなぜかカーナビに似た位置表示システムまで付いていたので(さすがに博士も衛星まで打ち上げたわけじゃないだろうけど)、迷いやすい森の中の夜道でもへっちゃらだった。クレメインからこいつを使えたら今まで何の苦労も要らなかったろうになあ。
ときどきフィルの様子をチラッとうかがうと、彼女は厳しい表情で前方を見つめていた。彼女の故郷でもある森の木々を束ねる神木の危機とあっては、流れる景色に意識を向ける余裕もないのだろう。
朋也たちはさらに2時間以上ノンストップで走り続け、オルドロイ山を望むスーラ高原を通過し、ようやくモルグル地峡に入った。さすがに道幅も狭くジグザグに曲がった峠をサイドカーで越えるのは難儀する。下手にスピードを出しすぎて曲がりきれないと、谷底に真っ逆さまだし……。
峠の頂にさしかかったところで、エンジンが不調を訴える。ヤバイな、こんなとこでエンストを起こされたら、自動車工の知識なんてからきしの朋也ではどうしようもない。そもそもモノスフィアの技師にドクターの車の仕組みをできるかどうかは大いにアヤシかったが……。ウシモフを連れてくりゃよかった。嘆いていても仕方ないので、いったん停車する。
「フィル、エンジンの様子を少し見てみるから、その間少し休憩にしていいよ。ずっと座りっぱなしでお尻が痛くなったろ?」
「……ええ」
彼女はゆっくりと座席から立ち上がると、サイドカーを降りた。
朋也はエメラルド号の車体をあちこち点検してみたが、どこが調子が悪いのかは一向に判明しない。というより、どこも具合が悪いようには見えないんだが……。試しにタンクを開けて鉱石を足してみる。と、パネルに並ぶメーターの1つが明るく輝き、左に倒れていた針がぐんと右を差した。どうやら燃料の鉱石が足りなくなっただけらしい。博士にどのメーターが何の指標なのかちゃんと細かい説明受けておかなかったもんな……。ドクター・オーギュストの発明したエンジンは、廃油と鉱石を利用するハイブリッドタイプで(日中は更に太陽光エネルギーまで変換してしまうという優れものだ)きわめて高効率にできていた。さすがに夜間長距離を飛ばしてきたので、鉱石から抽き出していた魔力が切れかかっていたんだろう。少し補充してやるだけで満タンになるんだから、本当に便利な乗り物だな。
「待たせちゃったね、フィル。エンジンのほうは何ともなかったみたいだ。さあ、行こうか?」
フィルは峠から望む夜景をぼおっと目にしたまま返事をしなかった。
「……フィル?」
朋也がもう一度呼ぶと、1拍置いてからやっと、背中を向けたままで答える。
「はい……行きましょう……」