その晩はみなぐっすり眠りに就き、至極快適な朝を迎えた。期限の日蝕を2日後に控えて昂ぶった神経にも、潮騒の子守唄は大いに安眠効果があったようだ。ただ、朋也はその潮騒の音に混じって誰かが歌っているのを聞いたような気がした。うつらうつらしていたし、ただの夢だったのかもしれないが……。
その日の午前中は最後のミーティングと装備類の再確認に費やした。昼食後、出航30分前に桟橋に集合することに決め、それまでは各自自由時間ということで解散する。
朋也は自然とミオの姿を求めて街をうろついた。明日の対決までに残された、あるいはもう一生ないかもしれない最後の自由時間だけに、できれば彼女と一緒に過ごしたかった。が、ミオは解散を告げてからすぐにどこかへ行方をくらましてしまった……。途中で出会った他の仲間たちにそれとなく尋ねてみるが、みな知らないという。ジュディにはまたからかわれそうなので訊かなかったけど。
仕方なしに、時間まで1人で浜辺をブラブラ歩く。ミッションになれば、彼女が次にどうしたいか、自分にどうして欲しいかは、口に出さなくてもすぐに判る。でも。ミオの本当の気持ちまではどうしても解らなかった。甘えてきたかと思えば、気のない素振りを見せたり……。まさにネコの目のようにという形容どおりの気まぐれな自分に対する態度に翻弄されっぱなしだ。そりゃもちろん、他人の心を完全に読むことなんてできないのは当たり前だ。戦闘時の彼女とのコミュニケーションは、どちらかというと前駆形態の頃の延長に近いところもあったし……。ただ、普段のミオのはぐらかすような態度には、むしろガードを固めているような印象を受けた。
今も、こうして自分がミオを必要としてるとき、そばにいて欲しいときに彼女がいてくれないと、ついつい彼女のことばかり考えてしまう。勝手な言い分だというのはわかってるんだけど……。ユフラファでミャウの正体がバレたとき以来、ミオが自分を慕ってくれていることに関しては疑っていなかった。そして、オルドロイのあの晩から、スキルだけなら立派にネコ族として通用するくらい努力はしてきたつもりだ。でも、結局自分を恋人という目では見てくれてないんだろうな……。彼女の心を占めているのは、彼女が本当に好きなのは、やっぱりカイトなんだろうか?
カイト……神獣キマイラの手先として、ベスを唆して利用し、大勢のウサギ族やトラの命を奪い、千里を誘拐した彼を、朋也は許すことができなかった。そして、彼は同時にミオの恋人でもある。ミオに認めてもらうためには、個人的にも彼と雌雄を決するしかないのかもしれない。だが、あいつは機知に長け、魔力やスキルも申し分ないスーパーキャットだ。自分がネコ族になりきろうと努力すればするほど、彼の魅力がますます際立って見え、絶望的な思いに駆られてしまう。
いけないいけない、つい私情に走りすぎてしまった。今第一に考えなくちゃいけないのは千里を取り戻すことだ。そして、エデンを救う方法についてキマイラとも話し合わなくちゃ。カイトやリルケとだって、和解できるに越したことはない。トラやベスのために、ジュディやクルル、フィル、マーヤのために、エデンに住むたくさんの住民のために、そして、自分とミオのために……。
いつのまにか日は砂漠の向こうに沈みかけていた。時計を見る。出港まで後1時間ほどだ。朋也はホテルに足を向けた。
「ったく、一体何やってんだよ、ミオのやつは!?」
時計の針は19時8分を指していた。すなわち、出港時刻をとうに過ぎている。
「早くしないと船が出ちゃうよ~!」
「朋也ぁ、もう甲板に上がったらぁ?」
船長にはもう1人来るはずだからと頼み込んで、出発を伸ばしてもらっていた。朋也以外は全員艀を渡って乗り組んでいる。彼1人だけが桟橋に残ってじりじりしながら船着場の入場口をじっと見つめていた。