クルルが呼びに来たので部屋に戻り、一浴びしてさっぱりしてから、みんな一緒に1階に下り、遅めの昼食をとろうとレストランに入る。
テーブルにつくと、ネコ族のウェイトレスがメニューを持ってやってきた。ミオに負けずスレンダーなシャムネコの女の子だ。ミオににらまれつつ名前を尋ねてみる。
「あたしのことは〝お魚ちゃん〟って呼んでね♥」
彼女の後ろ姿にぼんやり見惚れていたらミオに足を蹴っ飛ばされる……。仕方なくメニューに視線を戻す。
開くと、中には豪勢なシーフード料理が並び、唾液腺を刺激する。といっても、実際は全部海藻とプランクトンがベースなんだけど。朋也はアサリモドキのスパゲッティを注文することにした。
どうでもいいが、マーヤはいつもの如く蜂蜜をオーダー。まさかかけて食うつもりじゃないだろうな?
ほどなくテーブルに料理が運ばれてくる。う~ん、いい匂い♪ みな美味しそうにそれぞれの料理を口に運ぶ。
ふと見ると、千里だけ皿の上が減っていない。
「どうしたんだ、千里? 食欲がないのか?」
朋也が心配して声をかけると、千里は悲しそうに視線を落とした。
「……あの子、今頃お腹空かせてないかしら?」
「あら、要らニャイの? だったらあたいがいただいちゃおっと♪」
ミオが彼女のフライにフォークを伸ばす。千里はとっさに自分のフォークで押さえた。
「あんたにやるぐらいなら自分で食べるわよ」
「ま~、意地汚い性悪女だこと……。バカイヌに見せてやったら涙流して嘆き悲しむだろニャ~♪」
「ぬゎんですってぇ、この盗人ネコめ~!」
2人の視線がテーブルの上で火花を散らす。2つのフォークの作用により、白身魚(風)フライが、皿の上でベクトルの均衡点を左右に行き来する。
「ちょっとやめなよ、2人とも!」
クルルが2人を止めに入る。
「そうだよ、他の客が迷惑するだろ!?」
お魚ちゃんだってこっちを見ながらクスクス笑ってるじゃんかよ、恥ずかしいったら……。
そのとき、ついに二つの引力による緊張に耐え切れなくなったフライが、ブチッと大きな音を立てて弾け飛んだ……。
「ひゃあぁ~~っ!?」
ちっちゃなエビフライに蜂蜜シロップをホットケーキよろしくかけていたマーヤが、驚いて小瓶を放り投げてしまう。かくして、テーブルの上に並べられた海鮮料理すべてに蜂蜜シロップがぶちまけられるという惨劇が発生したのだった……。食べ物を粗末にするからだ(T_T)
その夜──。みんながぐっすりと眠りに就いている間、朋也は1人なかなか寝付かれずにいた。昼間の惨劇の所為ではない。ホテルが一杯で朋也も女の子たちと相部屋にしてもらったが、誰も文句を言わなかったので、これはひょっとしてムフフ♥な状況が展開されちゃったりしないかな~──などと淡い期待を抱いていたのだが、見事に裏切られてしまったのだ。すなわち、彼は部屋から閉め出されて1人玄関で寝ることになったのである……。
慈悲で布団はもらったので寒くはなかったが、廊下を通る足音が聞こえたり、ドアの隙間から明かりが漏れたりして、気になってしょうがない。やむなくむっくり起き上がると、その辺を散歩してくることにした。
ホテル前の通りに出る。海岸のほうに向かって歩いていると、ふと潮騒に混じって誰かの歌声がかすかに聞こえてきた。どこかで耳にしたことがあるような懐かしいメロディだ。女性の声だったが、こんな時間に一体誰が歌っているんだろう?