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 朋也は耳をすませた。聞こえてくるのは桟橋のほうからだ。そっちに向かって歩き出す。どうせいま部屋に戻っても眠れそうにないし。
 船着場の手前に来て、大きな人影に出くわす。いや、人影とは呼べなかった。三角形のヒレが付いた頭部、異様に生白い胴体から伸びる10本の触手、その付け根辺りにギラリと光る巨大な1対の目……どう見てもイカだ。ひょっとしてモンスターか!?
 そいつは身構える朋也に気づき、こっちへ向かってきた。
「ああ、もしもし、そこのあなた? 夜に海岸には近づかないほうが身のためですよ? 海中には危険なモンスターがおりますからな」
「そ、そういうお前は何モンだ!? モンスターじゃないのか!?」
「私がモンスターですって!? 冗談言っちゃいけない! 私はポートグレー在住のイカ族のイカンガーという者です。ボランティアでパトロールを買って出てるんですよ」
 触手の1本で名刺を差し出す。
 なるほど、確かに翻訳インターフェースの働きは完璧だし、彼がエデンの1市民であることを疑う理由はないようだ。朋也は名刺を受け取り、非礼を詫びるとイカンガー氏と別れた。それにしても、イカ族の成熟形態がいるとは驚いた……。まあ、無脊椎動物じゃ随一の頭脳の持ち主だっていうからな。しかし、陸上歩行も会話もできるとはいえ、あれじゃ前駆形態とちっとも変わらんじゃないか……。イカ族の女性って一体どんなんだろうか?? ぜひ会ってみたいような、想像するだに恐ろしいような……。
 そうだ、今はそんなことより歌声の主を捜さなくちゃ。歌が流れてくるのは船着場のさらに先、砂洲のほうからだった。新月で潮が満ち、通れる幅は少ししかない。
 朋也は足を波に濡らしながら砂の上を歩いていった。カーボナノチューブ製傘の柄を握りしめ、警戒しながら慎重に足を運ぶ。イカンガー氏の注意したような危険なモンスターが波間から襲ってこないとも限らない。
 だが、歌を歌っている人物がモンスターだとは思えなかった。モンスターの中には睡眠のステータス異常をもたらす子守唄のスキルを持つものもいたが、少なくともこんなにやさしく心温まる歌を歌えるモンスターなんているはずがない。
 砂洲の先端近くまで進んだとき、ようやく街から届く明かりの中にかすかに浮かび上がった〝彼女〟の姿が捉えられた。上半身だけ海面上に出ている。もしかして……人魚!? 夜の闇に紛れながらも、青く豊かな髪と大きな瞳の印象的なハッとするほど美しい面立ちの女性であることは判る。案外イカ族の女性だったりして……。
 彼女は歌うのをやめると、こっちを見て微笑んだ。
「……朋也……」
「!! どうして俺の名前を!?」
 思わず叫んでしまう。人魚は苦笑しながら、親しげな声で言った。
「やっぱり私のこと、覚えてないよね?」


*選択肢    もちろん覚えてる    ごめん

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