ホテルに帰ったら女の子たちに部屋から追い出され、廊下で寝る羽目になった朋也は、爽快とはとてもいえない朝を迎えた。ひょっとしたらこれが地上でぐっすり眠れる最後の機会かもしれなかったのに……。
その日の午前中は最後のミーティングと装備類の再チェックに費やした。昼食後、出航30分前に桟橋に集合することに決め、それまでは各自自由時間ということで解散する。朋也はみんなと別れ、1人浜辺に向かった。
砂を踏みしめ波打ち際を歩きながら、ぼんやりと明日のことを考える。すでに段取りは何度も打ち合わせしたとはいえ、頭の中には不安が渦巻いていた。
はたしてジュディを無事に救い出すことができるだろうか? カイトやリルケ、そして神獣キマイラとの戦いは避けられないのだろうか? そして、ルビーのアニムスは復活することになるんだろうか? それが復活したら、あるいはしなかったら、エデンは、モノスフィアは、一体どうなってしまうんだろう??
できることなら、全てが円満に解決して欲しかった。ジュディと千里が今度こそ2度と離れ離れになることもなく、キマイラたちと争わずに和解し、そのうえトラの願いどおり紅玉を再生させる方法が他に見つかって、エデンがもうモンスターに脅かされずに済めば、何も言うことはない。
そこまで見届けることさえできれば、自分も千里も元の世界へ帰れる。家族や学校の友達の待っている我が家へ……。
でも、ミオやジュディはどうだろうな? やっぱりエデンに残ることを選択するだろうか? モノスフィアはエデンに比べると、動物たちにとって棲み良い世界だとはとてもいえない。自分だって、本当はこの世界で──
そのとき、街のほうで女の子の悲鳴があがった。何だ!? 朋也は急いで声の聞こえたほうに行ってみた。
駆けつけてみると、人だかりができていた。ミオや千里たちの姿も見える。群集に囲まれた道の真ん中には、へたり込んでいる女の子とそばでうろたえている若い男がいる。女の子のほうはレストランでウェイトレスをしていたお魚ちゃんだ。そして、一同の視線は渡航案内所の屋根の上に集中していた。
見上げると、西に傾きかけた日差しを受けた鳥族の黒いシルエットが目に入る。ミャーミャー泣き声をあげるネコ族の幼子を脇に抱え、冷たい目でこちらを見下ろしていたのは──リルケだった。
「リルケ!! 一体何のつもりだ!?」
屋根の上に向かって声を張り上げる。
「来たか、朋也。この子供の命を助けたかったら、アントリオンの巣まで来い。待っているぞ」
「な!?」
宣告するなり、リルケはネコの子供を連れたまま舞い上がると、夕焼けに染まる西の空へ飛び立っていった。泣き崩れるお魚ちゃんを前に、朋也は呆然と立ち尽くしたまま拳を握りしめた。
リルケのやつ、無関係の小さな子まで巻き添えにするなんて許せない!! でも、妖精の隠れ里ではマーヤの仲間を助けてくれたのに、なぜ!?
「朋也……」
千里がそばに来て、苦悶に満ちた表情で朋也の袖をつかむ。彼女の言いたいことはわかっていた。出港まで後1時間余りしかない。19時発のレゴラス便に乗れなければ、指定された期限に間に合わなくなる。自分でレゴラスに来いと言っておきながら、一体何を企んでるんだろう? まさか──
「あの鳥の足のことだもの、きっとハッタリに決まってるわ。あたいたちは船に乗る以外に選択肢はニャイのよ……」
千里に代わってミオが釘を刺すようにきっぱりと言い切る。
だが、お魚ちゃんは泣きじゃくりながらすがり付いてきた。
「お願い、坊やを助けてっ!!」