アニムスの塔に乗り込んだ朋也たちは、その一角に閉じ込められていた千里をちょうど発見したところだった。赤い光のメッシュに全身を覆われ身動きもできずに魔力を吸い取られていた彼女を解放する。キマイラは魔力の抽出はほぼ終わったと言っていたが、まだ彼女は魔法の力を完全に失ってはいなかった。これでたぶん、紅玉の再生は途中で止まったことになるのだろう。このまま皆既日蝕が過ぎてしまえば、自分たちの世界は消滅せずに済むはずだ。キマイラとエデンの住民には申し訳ないが……。
「大丈夫か、千里!?」
「ええ、ありがとう、助かったわ」
お礼もそこそこに、ソワソワしながらパーティーの面々を見回す。
「ねえ、ジュディはどこ?」
「あれ!?」
言われてから自分も左右を見る。この場にいるのはクルルとフィルとマーヤだけだ。
「千里をほったらかしてどこ行っちまったんだ、ジュディのバカは? それに、ミオのやつまでいないな?」
せっかくの感動の再会の場面に居合わせないなんて、なんて間の悪いやつらなんだ。そういえば、塔に入る前にジュディが後ろで自分に向かって何か叫んでたような……。
「さっきここへ来る前にミオがどっか行っちゃって、ジュディも後を追うって言ってたよ?」
クルルが答える。
「何だって?」
一体どうしたっていうんだ、あいつ? キマイラを倒して、千里を救出して、紅玉の再生も土壇場で阻止して──もうここでは何もやることは残っていないはずだが。
部屋を出て塔を脱けようとしたとき、ふと千里がこめかみを押さえた。
「! いま、あの子の悲鳴が聞こえたような……」
「え? ううん……何も聞こえなかったけどな。空耳じゃないのか?」
ふと何気なく上を見上げる。天空には相変わらずコロナの青白い輝きがユラユラとうごめいている。
朋也はそこで、何かがおかしいことに気づいた。塔の上だ。光の明滅が、さっき見たときより一段と激しくなっている。閃光は赤だけでなく緑色も交じり、2色の稲妻が絡み合うようにしながら宙で踊っている。雷雨のような轟音が周囲に響き渡る。
どういうことだ!? 紅玉再生のプロセスがまだ停まってないのか!?
「ミオはさっきお勝手口に回ってったと思うわよぉ~」
お勝手? ああ、裏口のことか……。ともかく、一行は塔の裏手にあったもう1つの扉からもう一度中に入り直した。
「な、何だここは!?」
扉をくぐり抜けると、上下左右に星空が広がっていた。それでもコロナだけは天の一角で相変わらず揺らめいていたが。手に届きそうな距離のところにいくつもの銀河が渦巻いている。この神殿は、建物と異空間が入れ子状の構造になっているらしい……常識ではとても理解できないけど。
その星々を背景に、1本の階段が螺旋を描きながら上に向かって伸びている。ここからではよく見えないが、階段の行き着くところで赤と緑の光が激しく瞬いているのがわかる。あそこにアニムスがあるのか……。
階段を登っていく途中で、朋也たちは下に何かが落ちているのを発見した。千里がハッと声を上げて走り出す。あれは……ジュディの首輪と剣だ! 残りのみんなと一緒に彼女のもとに駆け寄る。
千里は首輪を拾い上げ、彼女の愛犬の身の上に起こった出来事を暗示するその遺留品を呆然と見つめた。ジュディの首輪は途中から何か鋭利な刃物のようなものでスッパリと切られていた。
千里は肩を震わせながら振り向くと、朋也に向かって詰め寄る。
「朋也……これは一体どういうことなの!? ジュディにもしものことがあったら、私、いくらあなたのネコでも許さないからっ!!」