アニムスをめぐる騒動が一件落着し、朋也たち4人はそれぞれ身の振り方を決めることになった。朋也自身は元の世界へは還らず、このままエデンに留まってジュディとともに暮らすことを決心した。向こうへ帰れば、ジュディは元のイヌの姿に戻ってしまう。言葉を交わすこともできなくなる。それに、寿命も……。2人が一緒になるためには、他に道はなかった。
ミオもエデンに留まる。彼女ならもちろん何の心配もなくこっちの世界でやっていけるだろう。朋也とジュディにとっても、気心の知れた家族であり友人である彼女がいてくれるのは心強い限りだ。
千里は──元の世界へ還ることを決めた……。
親は心配してるだろうし、友達にも会いたいだろう。敦君とベスのこともある。それ以上に、彼女は自分たちの世界、モノスフィアを変えたいのだという。確かにエデンは救われたけど、向こうの世界は何1つ変わっちゃいない。動物たちが少しでも暮らしやすい世の中に変えていくことが──エデンのように──トラやベスの遺志にもかなうんじゃないか……無論、剣も魔法もない世界でできることはごくわずかだろうけど、それでもチャレンジしたいと……。エデンでの体験をもとに小説でも書いてみるそうだ。そして、朋也がこの地に残るなら、それは自分にしかできない、とも……。
ジュディのことは、俺がそばにいれば何も心配することはないと彼女は言ってくれている。俺のことを信頼してくれるのはありがたいけど、彼女を1人元の世界へ還して、自分たちだけ幸せになっていいんだろうか? と思うと、後ろめたい気がする。何より、ジュディは千里が帰ると聞いて、とても寂しそうだ……。
千里が帰還する前の日、朋也とジュディはダリの小さな教会(神獣という実在の神がいるエデンでは宗教というものが存在しないため、専ら結婚式や葬式を挙げる場である)で式を挙げた。彼女がいる間に、というのがジュディのたっての希望だったこともある。
ウェディングドレス姿の彼女は、はっと息を飲むほど美しかった。自分にはもったいない女性だとさえ思えてくる。まるで別人みたいだ──なんて言ったら本人が怒るか……。まあもちろん、剣を振り回してモンスターと戦っているときの彼女も、朋也の目には十分魅力的に映ったけど。
式には、マーヤ、クルル、フィルの3人をはじめ、ゲドたち3人組、ルドルフ爺さん、ダリの街のイヌ族のみんなが出席して、口々に祝いの言葉を述べてくれた。伝説の剣士カムロまで。付き人を務めたのはもちろん、ミオと千里だ。
驚いたことに、キマイラとカニアス=ウーからは祝辞のメッセージが寄せられた。ウー神は結婚祝に新調したマスチフメイルまで贈ってくれた。2人の結婚は、危機から立ち直ったエデンの新たな時代の幕開けを告げる、そして、170年間冷め切っていたイヌ族とヒト族の絆が再び結び直されたことを示す象徴でさえあったのだ。
一通り式が済むと、2人は空き缶を山ほど引っ下げたエメラルド号でダリの街をゆっくり1周した。その後は新婚旅行代わりに1時間ほどドライブに出かける予定だ。明日のこともあるので、本物の新婚旅行は日を改めることにしたのだった。
「おめでとう、朋也! おめでとう、ジュディ! 2人とも末永くお幸せに!!」
千里は娘を嫁にやる母親さながらに、目に涙を浮かべながら2人の新たな門出を祝福した。
その晩、クレメインに近いビスタのホテルに宿をとった朋也は、ジュディを探してウロウロしていた。普段使われないホテルの屋上に出て、そこにやっと彼女の姿を見つける。欄干にもたれて星をながめていた彼女の後ろからゆっくり近づいていく。
「どうしたんだ、ジュディ? 今夜くらい千里と一緒にいてやったらどうだ?」
隣に並んで声をかける。新婚初夜だなんて野暮なことを言うつもりはなかった……。後もう半日しか残されてないんだから、1分1秒でも長く彼女のそばにいてやればいいのに。
ジュディは大きく目を見開いて朋也を見上げた。
「朋也……ボク……怖いんだ……。ボク……どんな顔してご主人サマに会えばいいの? どんなふうにご主人サマとお別れすればいいの??」
言葉に詰まってしまう。ジュディ……。
「ずっとご主人サマがそばにいてくれた……。離れてる時でも、また会えるってわかってたから……。でも……明日になったら……ご主人サマ、帰っちゃう! もう2度と会えなくなる!! こんな日が来るなんて、考えてもみなかった!!」
なんて……答えればいいんだ──