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「どうした、マーヤ!?」
 振り返ると、マーヤの身体が5色の光に包まれていた。苦痛に顔をゆがめ、四肢を突っ張らせている。どうやら自分の意思で動くことも、声を出すことさえできずにいるようだ。
 朋也が駆け寄ろうとしたとき、不意にブーンという低いうなりとともに、後ろにあった巨大なコンピュータらしい機械に、緑の灯が一斉に灯った。上部の大広角のパネルにザーッと走査線が入り、やがて映像が映し出される。そこに映っていたのは──キマイラの3つの顔だった。
「そ、そんな!? さっき倒したはずなのに、どうして──」
≪余はエメラルドの守護神獣、アニムスそのものが抹消されない限り不滅だ。もっとも、余の本体が実体を取り戻すには時間がかかる。この余は余のバックアップレプリカだ≫
 それから、ディスプレイに映し出された神獣の影は不敵な笑みを浮かべて言った。
≪朋也よ、これ以上お主たちの好きにはさせぬ。世界の趨勢を決定できるのは神のみなのだ!≫
「貴様、マーヤに何をしたっ!?」
 噛みつくように食ってかかる朋也に、コンピュータのディスク上に収まった神獣のデジタルコピーは、マーヤたちエデンの妖精にまつわる真実を詳らかにしてみせた。
≪何を、とな? よかろう……妖精の正体を教えてやる。生物界の常識で考えてみるがよい。これほど高い代謝率を持つ動物が千年の寿命を全うすることなど不可能だ。その者たちは生きものではない。余が造り上げたホムンクルスだ≫
 ホムンクルス……人造(この場合は神造だけど)生命!?
≪余はこの世界を管理するにあたって手足となる種族を必要とした。均質で、勤勉で、従順で、統率がとれ、種々の能力を有する優秀な種族を……。自然な進化の流れに委ねられ成熟形態の地位を獲得するに至った種族では任に耐えぬ。そもそも守護すべき対象たる者たちを隷属化するのでは本末転倒だ。余には〝生命にあらざる生命〟を別途造り上げる必要があった。
≪お主たちニンゲンがモノスフィアで他の種族の遺伝子を弄繰り回しているのは知っている。だが、お主たちにできるのは、せいぜいウイルスやプラスミドの手を借りてほんの表面的な機能の一部を切り貼りするだけのことにすぎん。神獣たる余は生命を弄ぶ冒涜の行為に手を染めるわけにはいかぬ。余の妖精は200万の遺伝子群を余自らが1からデザインし組み上げたものだ。耐久性の高い昆虫のゲノムをベースモデルにな。もっとも、余の宇宙最高の頭脳をもってしても、完全にバグのないホムンクルスを完成させるまでには数多の時を要した。遺伝子の特性はマルチタスク──複数の遺伝子群の組合せにより複数の機能を発現させる点にある。これも、動物が思考や感情を獲得するに至ったのと同様、リソースを最少化する自然の合理指向のなせる業だがな。一種の〝剃刀〟よ──といっても、お主にはちと難しすぎるかな?≫
 つーかさっぱりわからん……。
≪まあよい……お主たちの一族はそんなことも理解せずに神の力を得たかのように過信し、それがまたエデンに禍をもたらしているのだということだけ覚えておけ……。ともあれ、お主がここに来るまでの間に目にしたものは、生命機能に不具合のあった妖精の〝試作品〟だ。〝完成品〟の製造はすでにフューリーのプラントに移管している。この者たちに付いている番号は〝出荷番号〟だ。業務遂行への影響を考慮し、余は生殖機能は与えず単性としたからな。ついでにいえば、フューリーのペガサスやドラゴンは、余の設計をもとにディーヴァが作成した簡易版ホムンクルスだ≫
 それが〝蚕室〟の、〝妖精〟の正体なのか……。
≪わかったか、朋也よ。この者たちは、地上に棲むあらゆる種族の中で唯一神の手によって造られた生命──いや、〝生命にあらざる生命〟なのだ≫
 叡智の神獣キマイラは、自らの設定したルールに厳格なまでに従っている。だが……朋也には彼の冷たい合理性に対する違和感が拭えなかった。マーヤが生命じゃないなんて、俺にはどうしても思えない……。
≪さて、ここからが本題だ。この個体をお主たちの監視役に選んだのは、行動力の可変性と潜在的なポテンシャルを重視したのが主な理由だった。システムが不安定化した際にこそ最大の応答能力を牽き出せるように……。妖精の遺伝子セットは共通だが、余は身体・精神能力を後天的に獲得して引き伸ばす余地を多く残しておいた。クラスチェンジシステムもその一環だ。実は妖精の羽のパターンは、コミュニケーションが主目的ではない。あれは、脳内神経細胞のシナプス経絡パターンを視覚化したものでな。スキル・インフレーションの進行度合も認証装置を使って的確に把握できるのだ。フューリーで実証してくれたとおり、この個体の非常時における爆発的な能力発現には目を見張るものがある。余の選別が正解だったことを示してくれたわ。もっとも、ニンゲンであるお主を余の上位に位置付けたのは予想外だったがな……。
≪だが、もうそれも終わりだ。余は、170年前にお主たち一族の者の手で紅玉と神鳥を奪われて以来、2度とエデンをかような存亡の危機にさらすまいと、システムを防護する安全装置を幾重にも張り巡らせることに腐心してきた。余はフェニックスと違い隙は作らぬ……。事件後、余は任務に就く前の個体をいくつか選び、あるプログラムに基づいて発動する遺伝子を組み込んでおいた。その遺伝子は、条件が整うまでは眠り続けているが、いったん条件が成立したなら──すなわち余が倒れ、アニムスが脅かされたとき──意思系統のノードのスイッチを切り換える。そして、潜在能力を無限に引き出し、エデンの脅威がゼロになるまで解放し続けるのだ……≫
 朋也は驚愕のあまり口を戦慄かせて後退った。
「や、やめてくれっ!! 俺とマーヤを戦わせようってのか!?」
 マーヤの羽のパターンが激しく明滅し始めた。朋也たちの見守る前で、彼女の羽と触角が7色に発光しながら変態を遂げていく。
「いやあああーーっ!!」
 マーヤが悲鳴をあげた。それは彼女の自らの意思による最後の抵抗だった。
 目の色が変化し、妖しい緑色の光が灯る。あれほど豊かだった表情が失われ、ディーヴァ以上に冷たい能面のような顔になる。金色に輝く羽はいまやさしわたし3メートル近くに達していた。肩に乗るくらいの可愛らしい妖精だったマーヤはいま、頭上から威圧的にアニムスへの脅威を見下ろす神獣の〝最終兵器〟と化してしまった。
「エマージェンシー・プログラムを起動しました。これよりエデンの脅威を強制排除します」
 マーヤは抑揚のない声で宣言した。声は同じなのに、まるで別人に聞こえる。語尾も伸びないし……。
 手をさっと振り上げると、空間に亀裂が走る。次元の狭間を切り開いて空間をつなぐ能力は、カイトやリルケにしろ三獣使にしろ、キマイラ本人の力を借用したものだったが、今のマーヤは自らそれを行使できるらしい。白い光とともに中からあふれ出るように登場してきたのは、3人のSSクラスに率いられた妖精の大軍勢だった。各クラスの精鋭たちに混じり、フューリー製の人造生物もいる。
「どうするの、朋也? これだけの数を相手に戦争する? それとも、千里を引き渡してモノスフィアのことあきらめる?」
 厳しい状況を冷静に見て取ったミオが意見を求める。
「冗談じゃない! またご主人サマのこと苦しめるなんて……そんなのボク、耐えられないよ!!」
「私のことはどうでもいいけど、私たちの世界を消されるなんてごめんだわ!」
「そうだよ! せっかくここまでやってきたのに、あきらめちゃ駄目だよ!」
 みんなはそう言っているが──


*選択肢    戦いたくない    戦うしかない

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