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6 二つの選択




「ちっ、霧志麻のやつめ……」
 ここはスカーレット・アンドロメダ号の船内。中央奥のシートに身を沈めて爪を噛みながら、モニターに浮かぶ砂漠の惑星をじっとながめていたのは、ホストの安倍野晴彰。アヌビスの成層圏に突入してさっきまで流星さながらに輝いていたセルリアン・ストリーカーは、いまはもう視界から消えている。
 霧志麻トウヤの性格は知っている。とことん融通の利かないやつだ。こんな博打を打つのはあいつの性分じゃない。仕切っているのは、クライアント・リーダーのネコ族のほうだろう。あいつには出来すぎたクライアントだと、晴彰はつくづく思う。
「どう思う、葛葉? 【カンパニー】はこれで命運尽きたと思うか?」
 同じように画面に見入っていた葛葉が、晴彰に目を移して答えた。
「そう願いたいところですが……あの者たちは【トリアーデ】から奪取したエメラルドを所持していますから、おそらくラックⅢを使ってこの場を凌いだでしょう」
 最後の台詞を口にしたとき、葛葉はわずかに顔をしかめた。【トリアーデ】との対戦で、当然のように勝利を収め、エメラルドをコールしたところ、【カンパニー】に先を越されていたために入手しそびれたという、苦い経験を思い出したのだろう。
「まったく、霧志麻のところのクライアントは曲者だ。おまえといい勝負なんじゃないか?」
 晴彰の皮肉に、葛葉は動じることもなく、笑みを浮かべた。
「晴彰様も意地悪なことをおっしゃいますわね。でも、本当はどちらが上かはよくご存知のはず」
「まあいい。結果で示してもらうまでだ」
 葛葉がゆっくりとうなずく。
「で、どうしたもんだろうな? ストリーカーを追ってあいつらの生存状況を確かめるか。いくらラックを使ったとしても、船のほうは大破して飛行不能だろうし、乗員が無事かどうかも怪しいもんだ。ま、お陀仏だったら丁重に弔ってやるさ。そうでなければ、ここでリタイヤさせて、残りのゲートキーを全部ゲットすればいい。霧志麻のやつが持っているゲートキーは、俺の見立てでは三つのはず。葛葉の意見は?」
「いまの戦闘力から考えても、晴彰様のおっしゃるとおりかと。【トリアーデ】から一つ入手し、その後他チームに一つ奪われてプラスマイナスゼロというところでしょう。相手は【バードケージ】か【ジョーカー】でしょうが、私の読むところでは【ジョーカー】のほうかと。おそらく、バステッド星での両者の交戦時でしょう」
「ふむ……」
 続いて晴彰は夷綱に目を向けた。
「ストリーカーの大気圏進入経路と予測着地ポイントは割り出せるか」
「はい、マスター。ただし、誤差九五%以内とした場合、その範囲は長さ五百キロメートルの扇形区画になりますが」
「後は上空からサーベイするしかないな。問題は【バードケージ】だが……」
 モニター画面を別の象限に切り替える。MBHの影響を避けるため、人工の月の方向に退避していたサジタリウスの小さな船体が映し出された。と、船の端で赤い光点がパッと点滅する。軌道修正用のバーニヤではなく、主機関に火を入れたようだ。
「マスター、サジタリウスが降下態勢に入ろうとしています。いかがなさいますか?」
 夷綱が振り返って報告する。
「ちっ、神光寺のやつ、もう見つけたってのか? 相変わらず目敏いな……いや、ハッタリかもしれん」
 晴彰としては、戦闘力の面では自軍のほうが【バードケージ】を上回るつもりだったが、あのチームの侮れない点は情報収集力と行動に移るスピードだ。
 【バードケージ】のホスト神光寺小夜は、ある意味霧志麻や他のメンバーとは対照的だ。頭の回転が速いうえに大胆不敵ときてるから、リスキーな思いつきを躊躇なく実行する。しかも、クライアントの二人も【カンパニー】以上に油断のならない相手だ。何しろ、二人とも鳥界の霊長といわれる天才種族出身なのだから。
 やつらに探索させておいて、後から割り込んで横取りというのも、アイディアとしては悪くない。だが、厄介なのは、【カンパニー】とタッグを組まれた場合だ。
 ルールブックの改訂で、召喚に加え複数チームバトルも解禁された。勝利時に入手できるゲートキーは、ハンデとして少数チームが一つプラスされるし、二回戦闘に勝ってやっと一つしか入手できない効率の悪さがネックとなり、使えるシチュエーションは限られる。晴彰自身はよそのチームと組むなんてまっぴらごめんだが、小夜のやつは自分ほどこだわらないだろう。
 いつのまにか傍らに夷綱が立っていた。さりげなく差し出されたのは、惑星ティクルスで採れたトロピカルフルーツを乾燥させた保存食糧だ。自分でも気づかないうちに、また爪を噛んでいたらしい。
 晴彰はだまってスティックを一本つまんだ。不思議な甘味が口の中に広がる。夷綱がかすかに目を細めた。
 糖分を補給した脳で、もう一度状況をつぶさに検討してみる。
 ゲームマスターから、晴彰たち七つのチームが参加しているゲートキー争奪戦のルール変更の知らせが届いたのは、一月ほど前のことだった。追加仕様で、新たに召喚魔法が付け加わることになったのだ。おそらく、【トリアーデ】の所持キーが早々にゼロになってしまい、あまりにバランスが悪すぎるとの判断が働いたのだろう。
 実際、チーム間の力の差がいまや歴然とし始め、追い上げることが困難になった弱小チームにとって、召喚術は一発大逆転を狙うことを可能にする助け舟だ。しかも、【トリアーデ】や【イソップ】、あるいは【カンパニー】のような弱いチームほど、有利な条件が最初から与えられている。【ミョージン】としては不平は山ほどあるが、ゲームマスターには逆らえない。
 召喚術とは、一族の守護神獣と契約を結び、戦闘中にその力を呼び出すことができるというもの。こういうRPGじみた設定が晴彰には未だにピンとこないのだが。
 その原理について、ルールブックは、ダークマター/ダークエネルギーがエネルギー密度のより高い励起状態にある場合、知的生命と共振現象が起こる──と説明している。そうしたエネルギー様超生命体は、各知的種族毎に固有のPSY波長に同調し、交信することさえ可能なのだという。エネルギーの純度としては逆だが、むしろモンスターに近い存在といえるかもしれない。
 で、今回のルール変更では、その神獣を戦闘に活用することが解禁されたわけだ。
 召喚神獣が一体どこに眠っているのかは、モノコスモスから来たプレイヤーにはわからない。
 一族の守護神獣はNPCである住民たちの崇拝の対象となっているため、聞き取り調査をするか、考古学的史料を手がかりにして、守護神獣とコンタクト可能な特定の遺跡建造物を、各チームが自力で探し当てる必要がある。
 それだけならまだいいのだが、そこにハンデがついた。
 まず、守護神獣を呼び出せるのは該当する種族に属するクライアントだけで、一つの種族の守護神獣と契約ができるのは全チームの中で各一名ずつ。つまり先着順だ。
 一見すると、七チームのクライアントで種族がかぶっているイヌ族、ネコ族が不利に見える。だが、この二種族は構成人口が圧倒的に多いため、情報入手が容易だ。また、メタコスモスの文明宙域の中心付近に位置するアクセスしやすい恒星系に、守護神獣と交信可能なスポットがあると予想され、実際に二つともあっさり見つかってしまった。それが、すでに決着が着いたバステッド星と、いま目前にしているアヌビス星である。
 割を食ったのは、リードしていた【ミョージン】と【バードケージ】だった。入手難易度が段違いなのだ。
 まず、キツネ族とイヌ族の守護神獣が別で、フェレット族とハクビシン族についてはどちらもイタチ族の守護神獣だということを突き止めるだけで、だいぶ時間をロスしてしまった。前者は同じイヌ科だし、後者は体型などの特徴は多少似ているものの、フェレットはイタチ科でハクビシンはジャコウネコ科だ。メタコスモスの人口構成など他の事情もあるのだろうが、系統分類学上の類縁関係と必ずしも一致していないのは、晴彰としては納得しかねるところだ。しかも、ハクビシン族はもともと人口が少なく、キツネ族の住民はみな秘密主義でなかなか口を割らないときている。
 その後、イタチ族の守護神獣に関しては核心的な情報を得たものの、そのあまりにイレギュラーな条件故に、途中で入手を断念せざるを得なかった。キツネ族の守護神獣に至っては、遺跡の存在する惑星が広大な辺境宙域のどこかにあるということ以外、まだ何もつかめていない。手当たり次第に探していては埒が開かないため、さらなる追加情報を求めている状況だ。
 事情は【バードケージ】も同様で、彼らはいたずら好きな同族のガセネタに振りまわされっぱなしらしい。
 【ミョージン】がキツネ族かイタチ族どちらかの神獣にアクセスしようと躍起になっているうちに、バステッド星で【カンパニー】と【ジョーカー】が競い(【トリアーデ】はここでも落伍した)、結局【ジョーカー】がネコ族の守護神獣召喚の権利を手にしたとの情報が入った。教えてくれたのは、いろいろな情報をいつも惜しげなくペラペラと敵にしゃべってくれる【バードケージ】だ。
 考慮の末、自分たちの召喚神獣入手についてはいったん保留し、【カンパニー】か【ロンリーウルフ】がイヌ族の召喚術を手にする前に潰しておくほうが得策だと、晴彰は判断した。
 そしていま、こうして惑星アヌビスの周回軌道上にいる。
 自軍以外の神獣に関する情報を、当の【カンパニー】に遅れを取ることなく収集し、罠を張ったところまではよかったのだが、最大のライバルが自分たちと同じことを考え、鉢合わせすることになろうとは、さすがに予想していなかった。
「俺たちがこのまま【カンパニー】を追えば、【バードケージ】はこいつらと手を組もうとするだろう。やつらに気づかれずに監視・追尾するのもハードルが高い。放っておけば、【カンパニー】が【バードケージ】に阻止されて敵でなくなるのは間違いないが、かといって、鳥どもにゲートキーをごっそりくれてやるってのも面白くないな……」
「晴彰様。私に考えがありますわ」
 葛葉の目が妖しく光る。葛葉と夷綱は、七チーム全十三名のクライアントの中でも、間違いなく最も優秀な二名に違いない。とりわけ高い魔力と戦術センスで、葛葉の右に出る者はいない。
「言ってみろ」
 主の返事を待つクライアントに、晴彰は尊大に促した。
 晴彰は、他のチームのホストのように、クライアントを甘やかすつもりはない。二人は忠実な僕だ。霧志麻も藤岡もクライアントにべったりで、この争奪戦を本気で勝ち抜く意志があるとは思えない。神光寺でさえ。
 葛葉は恭しく一礼すると、新たな策略についてホストに説明し始めた。
 なるほど……チャレンジングではあるが、それなら【バードケージ】がどういう出方をしようと、俺たちが優位に立てる。
 このゲーム、勝利を収めるのは【ミョージン】だ。
 晴彰は胸の内で決意を新たにした。
 俺は、失った過去をなんとしても取り戻す!




 画面上に静止していたスカーレット・アンドロメダの真紅の船体の周囲が、不意にゆがみ始めた。
「ややっ!? なんとキツネ嬢のアンドロメダはハイパースペースに転移しましたぞ!? これは異な事ですな」
 レーダースクリーンに目を凝らしていたヨナが頓狂な声をあげる。彼はたいしたことでなくても「すわ一大事!」とばかり大仰な表現をすることが多かったが、今回は本当に驚きを隠せなかったようだ。
 ヨキが口笛を鳴らす。
「おやおや、星区外に離れるっていうのかい? いつもアグレッシブな【ミョージン】らしからぬ行動だよねぇ」
「そうね。どういうつもりかしら? 晴彰君……」
 ホストの神光寺小夜も頬に指を当てて考えこんだ。
 あの晴彰なら、【バードケージ】ととことん張り合ったっておかしくはない。こんなにあっさりと引き下がり、ライバルの手にゲートキーが落ちるのを黙って見過ごすなんて。おまけに、MBHを二発も放っておいて、これでは丸損もいいところだ。どう考えても彼らしくない。
「まあいいわ。晴彰君が【カンパニー】のゲートキーを私たちに譲る気になったとは考えにくいけど、ここで退いてくれるならこっちのもの。粘って戦闘を続けられてたら返って面倒だったし。どのみち決着は着かないでしょうからね。【ミョージン】は、トウヤ君にゲートキーをもらった後で、ゆっくり料理すればいいことよ」
「正論ですな」
 ヨナがうなずく。
「私たちは私たちの方針でいかせてもらいましょ。ヨナ、さっきの計画どおりに進めてちょうだい。【カンパニー】はきっとそこにいるわ」
「了解ですじゃ」
 二人がインディゴ・サジタリウス号を降下させながら、ターゲットを引っかけるための網を張っている間、小夜はめまぐるしく思考を働かせた。
 頼りがいのある天才クライアント二人に支えられ、三人で知恵を出し合う【バードケージ】こそ最高のチームだと、小夜は自負している。
 一方、【カンパニー】は、ヨナがヨウムの平均以上だと絶賛するほど狡知に長けたネコ族のクライアントが事実上取り仕切っているようだ。トウヤに任せていたら、いまごろ【トリアーデ】と最下位争いをしてたって不思議はない。
 対照的なのが【ミョージン】だ。あそこはすべてホストの晴彰が指揮を取っている。完全に野生種のクライアント二名は、ほとんど晴彰の奴隷も同じだ。リーダーの葛葉は、能力的にはヨナやヨキに匹敵する高い能力の持ち主なのだが。
 いまの晴彰は、ヨキが指摘したように、とことんハングリーだった。
 小学校時代、同じクラスで席を並べていたころの晴彰は、確かに頭のいい秀才児ではあった。テストの点ではいつも小夜と競い合っていた。
 だが、彼にはどこか煮えきらないところがあった。皮肉屋で、何事にも後ろ向きなところが。小夜が、中学校でも担任に薦められる前に生徒会長に立候補するタイプだったのに対し、晴彰は推薦されても断る男だった。
 親が獣医という特殊な環境に育ったこともあるかもしれない。当時の彼には、家業を継ぐつもりはなさそうだったが。
 その晴彰は、メタコスモスに来てからガラリと人が変わってしまった。勝つことにこだわる貪欲なタイプに。
 原因はたぶん、もとの世界で彼の身に降りかかった事件に違いない。晴彰の家がトラブルに見舞われたことは知っていたのだが、小夜にはその詳細までわからなかった。
 一体彼の身に何が起こったのだろう──

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