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7 取引




 セルリアン・ストリーカー号は瀕死の状態だった。
 三人の乗員がなんとか丸焼けにならずにすんだのは、まさに奇跡というほかない。もっとも、その奇跡は、ミオの操船テクニックに加え、宝玉エメラルドの魔法で無理やり呼び寄せた幸運の女神が引き起こしたものだが。
 対流圏に到達し、ある程度減速したところで、俺たちは最低限必要な装備だけをバックパックに詰めこみ、ストリーカーから脱出を図った。重力遮断魔法を使うという手もあったが、ラックⅢを使用したおかげで魔力をだいぶすり減らしてしまったので、今後の戦闘に備え、これ以上の消耗はなるべく避けたい。強力な魔法を行使した場合、【ミョージン】か【バードケージ】に居場所を探知されてしまうおそれもある。
 少なくとも当分の間、ストリーカーは使い物にならないだろう。だが、召喚術さえ手に入れてしまえば、後はどうとでもなる。ビーコンだけセットして、余裕ができてから回収しにくればいい。
 脱出には、炭素繊維製の翼をミウラ折でコンパクトに折りたたんで収容してある動力式ハンググライダーを使った。
 最後にレーダーで確認した限りでは、俺たちがストリーカーを離れたのは目的地の遺跡からおよそ二百キロほど東の地点だった。モーターのバッテリーだけで飛べるギリギリの距離だ。スターシップが半ば操舵不能だったことを考えれば文句は言えないが。
 イヌ族の守護神獣アヌビス=ローフとのコンタクト・ポイントは、惑星アヌビスのほぼ全体を覆う荒涼とした大砂漠にぽつんと立つ唯一の人工物である遺跡だった。地球のサハラ砂漠やゴビ砂漠だって、アヌビスの砂漠に比べりゃ公園の砂場みたいなもんだ。しかも、ここは季節的に猛烈な砂嵐が発生する。まもなく訪れる嵐の時季に入る前に、なんとしても召喚術をゲットしなければならない。砂嵐が収まるのを待っていては、その間に間違いなく他のチームに先を越されてしまうだろう。
「ん? なんだろ、あれ?」
 飛行を始めてから三十分ほどして、ジュディがそれに気づく。彼女の視線の先に目をやると、ゴーグルを通して雲の間に一瞬何かが光るのが見えた。
「ヤバイ、もう見つかったのか!?」
 早くも【ミョージン】か【バードケージ】が俺たちの所在を嗅ぎつけたのか? せっかく無人のストリーカーを囮代わりに飛ばしたまま途中で離脱したのに、これじゃ時間稼ぎにもならない。
 俺は焦った。召喚術の使用が認められてからは、戦闘のルールも一部変更されている。神獣へのアクセス試行中は、宝玉の魔力が底を突こうが船が壊れようがおかまいなく、他チームはちょっかいをかけられる。当然、負ければゲートキーも獲られてしまう。まさにハイリスクハイリターンの選択肢だ。
「あれはスターシップのシールドの反射光じゃニャイわね。きっとアヌビス産のモンスターだわ」
 いつもながら冷静な態度で、ミオが状況を分析する。
「ちぇっ、こんなときに限って出てくんだよな」
 ジュディが舌打ちしながら文句を垂れた。
 点滅する光の群れは、不定形に広がったり縮んだりしながら、次第にこちらへ近づいてくる。モノコスモスの地球に現れるUFOにも本物が混じっているとしたら、きっとこいつの親戚に違いない。距離はとても遠いように思えるが、モンスターには遠近感が当てにならない場合があるので要注意だ。
 俺はミオに意見を求めた。
「どうする? 逃げる? それとも戦う?」
「面倒ね。ここでドンパチ始めたら、上空で監視しているあいつらに、わざわざ居場所を教えちゃうようニャもんだし……」
「でも、だからって、ここで下りて遺跡まで歩いていくってのかよ?」
 ジュディが不満を漏らす。
 俺たちの移動手段はこのモーターハンググライダーのみで、地上に降りてしまえば、後は歩いて目的地にたどり着く以外にない。圧縮テントや三人で一週間分の携帯食糧をはじめ、最低限の装備は持ち合わせているが、野宿しながら何日もかかって砂漠を横断するのはかなりの危険を伴う。
 第一、砂漠のまっただ中で、目的地の遺跡までの距離や方角を正確に測る術はなく、ちょっとコースを外れただけで遠回りになって、余計な時間を食うだろう。それに、苦労してテクテク歩いているうちに、他チームに先行されたり、召喚権のないチームに無防備なところを襲われ、リタイヤするのもごめんだ。
 魔法を使えば簡単に瞬間移動できると思うかもしれないが、口で言うほどたやすくはない。ワープってのは、無から有を産み出すのと同様、実は非常に難しいことなのだ。
 星と星との間を行き来する宇宙船は、ハイパースペースというバイパスを経由して近道をとることを可能にする、いわゆるハイパードライブ機関を標準装備している。これはダークエネルギーを用いた半魔法・半テクノロジーの産物といえる。宇宙船のハイパードライブが可能なのは、宇宙が事実上真空だからだ。
 人が別の場所に移動する際は、そういうわけにはいかない。相対的な速度差という面倒な問題が生じるからだ。惑星上の二地点間でもコリオリの力などが働くし、別の惑星にワープしようなどと思えば、秒速数千キロで地面にめりこむか、宇宙空間に放り出されて、即死は免れない。
 魔法による瞬間移動が可能なのは、ごく短い距離の場合のみで、だったらコストパフォーマンスが悪すぎる。同様に、魔法を使って遠方にある物体を取り寄せるのも、あまり現実的ではない。だから、メタコスモスにおいても、人や物を移動させる際には、何らかの輸送機関に頼らざるをえないのだ。
 そうこうしているうちに、飛行モンスターはかなり至近距離にまで接近してきた。
 突然、そいつは左右の固まりに分裂した。てっきり不定形な巨大怪物だと思っていたら、どうやら小さなモンスターの群れだったらしい。左右の群れが両側から挟み撃ちするように、こちらへなだれこんでくる。
「しょうがニャイ、いったん降りるわよ!」
 ミオの合図でジュディも降下態勢に入る。俺も把手についたレバーを操作して翼のフラップを下げ、慎重に舵を切った。最も高度なテクニックを要求される場面だ。
 モーターハンググライダーは、熟練者でなくても容易に姿勢制御ができるほど制動性に優れている。それでも、乱流の渦巻く惑星アヌビスの大気を滑空するのは、嵐の海を手漕ぎのボートで渡るのに等しい。そのうえ、ゴーグルと高度な防塵機能付きのマスクなしでは砂塵の舞う中を飛ぶこともできず、視界は狭まり、息を吸うことさえ覚束ない。
 地球で少しでも練習しておきゃよかったと思うも、ここメタコスモスで泣き言を言っても始まらない。ミオとジュディだって、イヌネコ時代に操縦経験があったわけじゃないんだから。
 その二人はといえば、高い身体能力を活かし、ベテランパイロットが見たら舌を巻くくらいグライダーを自在に操っている。
 分裂したモンスターの群れは、攻撃射程に入った途端、バラバラに分かれて小さな断片と化した。一つ一つのモンスターのサイズは小型の鳥くらいだ。雪の結晶のような無機的な破片にも見えるが、感じ取れるのはまぎれもなく生命に対する害意──
「危ない、トウヤ!」
 ジュディがグライダーを操作しながら隣に並んだ。不自由な体勢で剣をふるうが、なかなか当てることができない。【バードケージ】の二人であれば、飛行モンスターの相手はお手のものだろうが、地上性の哺乳類種族であるミオとジュディには分が悪かった。
 だが、モンスターはこちらの事情などおかまいなしに、次から次へと押し寄せてくる。
 俺に狙いを定めて群がってきたモンスターを追い払おうと、ジュディがめったやたらに剣を振り回す。クレメインの森で戦闘を二人に任せることを承諾したものの、自分が護る側でなく護られる側にいるというのは、やっぱりどうしても歯がゆい気持ちになる。
 と、彼女のグライダーが傾き、俺のグライダーの翼と接触した。
「わっ!」
「ニャにやってんのよ、バカイヌ!」
 地平線が斜めに傾き、やがて天と地が逆さまになる。一瞬、目の隅で何か黒い建物のようなものがチラッと見えた。
 失速した俺のグライダーは、そのまま凧みたいにクルクルと回転しながら地上へと落下していった。
「トウヤ──ッ!!」
 ジュディの叫び声が、翼が空を切る音にかき消される。急激な気圧の変化に耳の奥がつんとなった。
 連なる砂丘が目の前に迫ってくる。せっかく目的の星にたどり着いたのに、こんなところでお陀仏か……。俺はギュッと目をつぶった。
 あと数秒で激突というところで、俺の体はフワリと上昇した。足の先が巨大な砂山の頂きをかすめ、蹴飛ばされた砂が尾を引く。
「!?」
 だれかが凧の上端をつかんで引っ張りあげてくれていた。おそるおそる目を開くと、眼下に大きな翼を広げた影が映る。
 ヨキだった。
 メタコスモスの鳥族の文明種族の翼は、獣族の前足と同じで道具を操作する手になっている。その代わり、背中にダークマターで形成された飛翔用の翼を現出させることが可能だった。これは鳥類特有の超能力スキルで、翼を生やした姿は一見すると天使のようだ。
 ヨキの漆黒の翼は、どちらかというと堕天使のイメージだが、時折キラキラと光の雫を振りまく魔法の翼は、思わず見とれてしまうほど美しかった。
「あ、ありがとう」
 ハーネスに吊り下げられているので、うまく首を回せないが、とりあえず謝意を伝える。
「礼ならあとで小夜に言いたまえ。それと、ボランティアで救助活動を引き受けるつもりはないよ。大マケにマケて、ゲートキー一つ分というところでどうだね?」
 まあ、そんなにうまい話はないよな。俺は唇を噛んだ。
「すぐに俺たちを見つけられたのか?」
「いいや。何しろ、僕たちはアヌビスの遺跡の正確な位置さえ知らないしね。【バードケージ】からは他のチームに惜しみなく情報を提供しているのに、きみら哺乳類の種族は隠しごとが好きだからな。不公平このうえないと思わないか?」
 こんなところで手を離されてはかなわないので、適当にうなずいておく。
「きみを発見できたのは、ヨナのひらめいた妙案のおかげだよ。モンスターにさえ注意を払っておけば、きみらの居所もおのずとわかるだろうってね」
 さすがは天才チームだ。やっぱりミオの指示に従って、少しくらい徒歩が長引いたとしても、さっさと地上に降りたほうが賢明だったかもしれない。いまさら後悔したって手遅れだが。
「小夜たちは?」
「ほら」
 ヨキの指差す方向に、スマートな流線型のインディゴ・サジタリウス号が見えた。俺たちの頭上を追い越すように飛び去っていく。音速スレスレのはずなのに、ソニックブームがそよ風のように感じる。星間航宙船とは思えない軽快さだ。
 そのサジタリウスからモンスターに向けて数発の光弾が発射された。宝玉のダークエネルギーを乗せた魔法付加レーザーといったところか。
 広範囲に分散していた飛行モンスターの群れを取り囲むように、にわかに黒雲が湧き起こった。激しい乱流とともに稲妻が走る。この距離でも、空気を通してビリビリと震動が伝わってくる。
 これは、魔力では七チームのクライアント中最高を誇るヨナの魔法に違いない。おそらく、エアロとエレクトの混合魔法か。レベルⅢに見えるが、彼であればレベルⅡでこの威力であっても不思議はない。とすると、【バードケージ】の持っている可能性のある宝玉は、Ⅱの場合五かける二、Ⅲの場合三かける二で、ターコイズとジェイドとエメラルドであればエレクトとエアロを使えるけど、エメラルドはいま俺たちの手元にあるから──
「ヨナがターコイズを使ったようだね。もう歳なんだからあまりムチャはしないでもらいたいもんだが」
 ヨキがあっけらかんと回答を教える。【カンパニー】がもうリタイヤして、ゲートキーを三つとも【バードケージ】のものにできると、高をくくっているのかもしれないが。
 モンスターを全滅させると、サジタリウスは旋回してこちらに戻ってきた。噴射孔を下に向けて着地態勢に入る。
 ちょうど着陸点の近くに二つのグライダーが見えた。ミオとジュディだ。
 ヨキは二人のそばに舞い降りてそっと俺を下ろすと、自分は船のタラップのそばに待機した。
「だ、大丈夫、トウヤ!? ケガはない?」
 ジュディは心配して駆け寄ってきたが、ミオはかなり渋い顔をしている。
「あ~あ、まさかこんニャところでドジるニャンてね……想定外だわ」
「うう……」
 ジュディはそれを聞いて面目なさげに垂れ耳の後ろを掻いた。彼女は俺を庇ってくれただけだし、事故を招いたのは俺のグライダーの操縦技術が未熟だったからで、責任は俺にあるが。
 サジタリウスのエアロックが開き、小夜とヨナが姿を見せた。
「やあ。また会ったね、トウヤ君」
 小夜はご機嫌だ。戦闘を回避してゲートキーをせしめたのだから、当然だろう。
「ありがとう、助かった」
 さっそく頭を下げようとすると、小夜は途中で手を振って遮った。
「あ~やめてやめて! お礼なんて言われたら後味悪いから。ただの取引だもの。さ、ゲートキーをよこしてちょうだい。そうね、トルマリン、シトリン、クリスタル辺りならどれでもいいわ。たぶん、あなたたちの持ってるのはトルマリンでしょうけど。ルールブックの規定外だけど、文句はないわよね?」



「あるわよ」
 一応チームリーダーの立場のミオが即答する。
「お、おいミオ。さすがにそれはまずいだろ」
 俺とジュディは困惑した表情でミオを見やった。
 小夜も彼女のほうを向くと、目を細めてにらみつけた。
「ふうん……あんたにとってトウヤ君──ホストの命は、宝玉一個にも値しないっていうの? 私だったら、ヨナとヨキの命と引き換えなら、ゲートキーくらい惜しくはないわ。ま、そんなドジは最初から踏まないけどね」
「そうだよ! あの状態じゃ、ボクたちにはトウヤを助けるの無理だったんだから、仕方ないじゃんか」
 生一本な性格だけに、ジュディもこの場は小夜の肩を持つ。
「ドジイヌは黙ってニャさい!」
 ミオがキッと目を向け一喝すると、ジュディはまたしゅんとなってしまった。
「お礼はするわ。ここでゲートキーを一つ二つ入手するより、あんたたちにとって利益の大きい方法でね。それは、いままさにあんたたちが欲していて、到達を妨げられているものよ。そう言えば、ニャンのことかはもうわかるでしょ?」
「はて、わしらにとってゲートキーより価値の高いものなんてありましたかな?」
 ヨナがわざとらしく首をかしげる。
「ヨナ。セクシーな仔ネコちゃんをからかいたくなるのはわかるけど、いまは茶化さないでちょうだい。オウム族とカラス族の守護神鳥召喚術のことを言ってるのね。でも、同族でもないあなたが、この二人以上の情報を入手できる立場にあるとは思えないわ」
「そうね。いまは
 ミオが自信たっぷりに小夜を見返す。小夜の冷たい返事は変わらない。
「この先も変わるとは思えないわ」
「本当にそう思うの?」
 小夜は眉根を寄せてミオを見つめた。少し自信が揺らいだみたいだ。俺自身も、はたして彼女の見せる絶対の自信が、虚勢なのか本気なのか判断しかねたが。
 ゆっくりと三人の前を左右に歩きながら、ミオは説明を続けた。
「情報通のあんたたちのことだから、いままでの経緯はわかってるでしょ。バステッドの神殿も、ここのアヌビスの遺跡も、第一発見者はこのあたいよ。ネコ族の守護神獣については、あとからカインに横取りされたけど……」
「よく言うよ。あれはお前があのキザ男にやっちゃったんだろ?」
「いちいちうっさいわね! ドジイヌは口閉じてニャさいって言ったでしょ!」
 ジュディが口を尖らせて横槍を入れると、ミオは相棒をギロッとにらんでから、再び三人に向き直った。
「あんたたちや【ミョージン】は勘違いしてるみたいだけど、別にゲームマスターがあたいたちを贔屓したわけじゃニャイわ。イヌ族とネコ族の召喚術の入手難易度が、他種族に比べてとくに低かったわけじゃね。あたいだから嗅ぎ分けられたの。他チームよりずっと早く」
 ミオの言うことは半分正解、半分ハッタリのはずだ。確かに、ミオの優れた推理力あっての賜物だが、幸運が働いたことも否定できない。だって、ミオの〝勘〟はどちらも一発で当たったのだから。それがなるべく自分の顔色に出ていないことをトウヤは祈った。
「いいこと? あんたたち【バードケージ】の置かれた状況はすこぶる悪いわ。ここであたいたちのゲートキーを入手したとしても、それは変わらニャイ。あたいたちがリタイヤすれば、【ロンリーウルフ】か、下手すりゃ【トリアーデ】がアヌビスをものにするでしょうね。そして、あんたたちにとって目の上のタンコブである【ミョージン】も、きっとあんたたちよりは先に召喚術を確保するでしょう。ゲートキーが一つ増えただけじゃ、本気を出したメギツネは阻止できニャイわよ。ルール変更でこのゲームはひっくり返ったわ。いち早く召喚術を制した者が勝つ。あんたたちのいまの順位がトップクラスでも、もはやそれを維持することはできニャイ。その何よりの証拠が【ジョーカー】でしょ」
 ミオの指摘は痛いところを突いていた。カインが神獣バステッドの召喚権を手に入れてから、【バードケージ】は一度【ジョーカー】と対戦したのだが、そのときは歯が立たずに【イソップ】同様逃げの一手に回るしかなかったらしい。
 小夜はしばらく思案してから、再度口を開いた。
「いいわ。でも、このまま見逃すのは無理な相談ね。【カンパニー】に先に召喚術を入手されたら、私たちの地位が危うくなるだけだもの。そうね……あなたに、どちらかの守護神鳥を入手するまで【バードケージ】に同行してもらおうかしら」
 ミオは目を伏せてうなずいた。
「じゃ、交渉成立ってことで」
 俺はあわててミオに詰め寄った。
「お、おいミオ! 何を言いだすんだ!?」
 それを見た小夜がニヤリとして言う。
「トウヤ君。仔ネコちゃんが心配なら、きみも一緒につきあってくれてもいいわよ」
 ミオはきっぱりと首を横に振って、不安げにしている俺とジュディに向き直った。
「あんたたちはここに残るのよ」
「えっ!? それってつまり、俺とジュディの二人だけでアヌビス遺跡に行けっていうのか!?」
 仲間たちの顔を真剣に見つめながら、ミオは続けた。
「こうニャッた以上、仕方ニャイわ。大丈夫。あたいはあんたたちを信じてる。必ず手に入れてきて」
 ジュディはゴクリと唾を飲み込んでうなずいた。
「わかった。やってみるよ」
 それから、ミオは俺たち二人の首に両腕を回し、ギュッと抱きしめた。耳もとでそっとささやく。
「あたいたちの勝利のカギは、あんたたちが握ってるのよ。Good luck!」
 ミオはようやく俺たちを放すと、【バードケージ】の三人の隣に並んだ。
 小夜が俺のほうをじろっとにらむ。
「うわ、なにあんたたち? いっつもそんなベタベタにスキンシップとってんの? あっきれた……トウヤ君にそっちの気があったとはね」
「えっ!? いや、こ、これはちが──」
「何よ、照れることニャイでしょ。ベッドだっていつも一緒ニャのに」
 小夜はもはや言葉もなく、後ずさりして軽蔑の視線を浴びせるばかりだ。
「こら、人聞きの悪いこと言うな! そりゃ、昔の話だろ!」
 ミオは俺の抗議を無視して、今度は小夜の肩をツンと指で突いた。
「あんたも妬くことニャイでしょ」
「なっ!? だれが妬かなきゃいけないってのよ!」
 小夜は顔を真っ赤にさせて言った。まったくミオは余計なことを……。
 そんな小夜の肩に手を置いて、ヨキがささやく。
「小夜が望むなら、僕も肩くらい揉んであげるよ」
「そうそう、肩でも背中でもお尻でも、いつでもどこでもツネツネしてさしあげますぞ♪」
 ヨナまでがにやけきった顔で付け加える。もはやただのエロジジイだ。
「こぉら! あんたたちまで図に乗らないの! まったく、調子が狂っちゃうわ! ほら、さっさと行くわよ!」
 クライアント二人に搭乗を指示してから、小夜は俺に改めて両チーム間の契約内容を伝えた。
「これから守護神鳥を一体手に入れるまでの間、彼女にはサジタリウスで【バードケージ】の臨時要員として働いてもらう。任務が達成された時点で、ストリーカーまで送り届けるわ。超時空通信回線は可能な限り開いておいてね」
「わかった。ミオのこと、よろしく頼む!」
 タラップを上がってサジタリウスの船内に消える前に、ミオはもう一度俺たちのほうを振り返った。軽く手を振って笑顔を見せる。ちょっと小旅行に出かけるだけで、すぐに帰ってくるから案ずるなと、俺たちを励ますように。
 メタコスモスに来てから、ちょっとした用事以外で長く離れることになるのは、これが初めてだ。ミオは自信たっぷりに話してはいたが、当のヨキとヨナでさえてこずっている守護神鳥を、一族の者でもない彼女がやすやすと見つけられるとは考えにくい。言い換えれば、彼女がすぐ俺たちのもとに戻ってこれる可能性はかなり低いってことだ。
 ESBは、たとえ俺たちが何光年離れようと、切れることはないのだろうか──?
 願わくばそうあってほしい。けれど、俺は不安だった。
 インディゴブルーの船体がフワリと上昇し、次第に遠ざかっていく。サジタリウスが最後のジェット噴射の尾を引いて雲の彼方に消えても、俺はまだ空を見つめていた。
 隣に立っていたジュディが、そんな俺の袖を引っ張って促した。
「さあ行こう、トウヤ! 一刻も早く遺跡に入って、召喚の力を手に入れなきゃ!!」

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