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13 【トリアーデ】のラストリベンジ




「チャララ~~♪ チャカラッチャチャチャー、ズンテレレッティキンッチャララッ、ヒュルルゥ~チャッチャッチャー♪(以下略)」
 俺とジュディは、惑星アヌビスの砂漠の真ん中で、例のくどい主題歌を聞かされていた。イントロは微妙に音程が変わり、サビも前よりは効いていたかもしれないが、クライアント三人の目まぐるしい手足の動きは、相変わらず目で追うのがやっとだ。
「トリレッド!」
「トリブルーッス!」
「トリピンクですの!」
「三人そろって!」
「銀河魔法科学特捜超ド級戦隊【トリアーデ】!」
「ですの!」
 チュドーン! 特殊効果も一段と派手に装いを新たにしたらしい。せっかくのミオの忠言もどこ吹く風だ。
 もっとも、いまこいつらの手もとには一つのアニマストーンも残っていないはず。
 そんな俺の表情を読んだのか、ひろみはムスッとした顔でこっちをにらんだ。
「トウヤちゃん。いま、『おまえたちみたいな貧乏人の雑魚が、いまごろ何ノコノコやってきた?』なあんて思ったでしょぉ!? しらばっくれたってダメだかんねぇ。ちゃぁんと顔にそう書いてあったんだからぁ!」
 図星だったが、一応否定しておく。
「いや。それより、イヌ族の神獣召喚の権利はジュディが先にいただいたぞ。悪いな」
 俺としてはもう、ジュディを連れてとっととその場を後にするつもりだったのだが、ひろみは俺たちを引きとめようと声をかけてきた。
「チッチッチッ。トウヤちゃん、ルールブックをちゃんと読んでいないのかねぇ? 召喚権を持つチームに対し、同族のクライアントがいるチームが勝った場合、召喚権も勝者側に移行するのだよぉ。You see?」
「あっそ」
 無視して再び去ろうとした俺たちに、ひろみがなおも食い下がる。
「こらあぁっ、【カンパニー】! 人の話を無視するなぁ!! これからあたしたちと正々堂々いざ尋常に勝負するのよぉ! 逃げたらア・カ・ン!」
「だって、おまえらもうゲートキー一つも持ってないんだろ? そりゃ実質リタイヤしたも同然じゃん。俺たちが勝っても何のメリットもないんじゃ、戦うだけ骨折り損だし。じゃ、そういうわけで」
 シュタッと敬礼のまねをして踵を返した俺に、ひろみは意外な台詞を口にした。
「ちょ、ちょっと待ってってばぁ! ゲートキーなら持ってるんだよぉ♪」
「ええっ!? おまえら、最初持ってた分のキーは全部取られて、すっからかんになったはずじゃなかったの?」
 びっくりして問いただすと、ひろみはいささかばつが悪そうに答えた。
「ま、まあ、理由は深く問い詰めないでちょうだぁい。ともかくぅ、トウヤちゃんが勝ったらこのゲートキーもあげるよぉ♥ ほらほらぁ、これ何だかわかるぅ? アレキサンドライトのゲートキーだよぉ♪」
「アレキサンドライト? なんだそりゃ? 二十一の宝玉のリストにそんなの載ってないだろ。おまえそれ、どっかで拾ったか買ったかした玩具で作った偽モンじゃないのかよ?」
 俺とジュディが疑いの目を向けると、ひろみもついに癇癪を起こした。
「むー、そんなに言うなら証拠を見せてあげるですぅ! さあおまえたち!」
「オッス、リーダー! よし、おまえら、おいらたちの熱い魂を見せてやろうぜ!」
 血気盛んなレッド役のタロが前に出て、残る二人を見回した。
「合点承知ッス!」
「オーライですの!」
 三人は集合して、なにやらゴニョゴニョと準備にとりかかった。
「トウヤちゃん、アレキサンドライトの石言葉って知ってるぅ?」
 その間に、ひろみがニヤニヤしながら尋ねる。
「いや」
 俺が首を横に振ると、ひろみは胸を張って答えを明かした。
「それはねぇ、ズバリ! 〝秘密兵器〟なのでしたぁー♪」
 ちなみに、アレキサンドライトの石言葉の正解は〝秘めたる想い〟だと、後でミオから聞いた……。
「行くぞ! 究極合体アレキサンダー!!」
「ですの!」
 三人は下からジロ、タロ、ヒメの順に肩車をして人間櫓を組んだ。またお遊戯会を始めるのか?
 と思ってポカンとながめていたら、突然まばゆい光が辺りにほとばしる。
 思わず閉じた瞼を開けると、三人組のいたはずの場所に、身の丈七メートルはあろうかという巨大な怪獣もといフェレットが後肢で直立していた。
「ほ、ほんとに巨大化した!?」
 どう考えても質量保存則に反している気がするが、体重はどうなんだろう?
〔ギャオ───ッス!〕
 それはフェレットの鳴声じゃないだろ。まあ、〔クククッ〕と鳴いても迫力ないけど……。



 巨大フェレットは不意に素早い動きに転じると、天高くジャンプした。
「わ、わあああっ!!」
「危ない!!」
 ズシーン! 地響きとともに砂煙がもうもうと巻き上がる。
 巨大フェレットが着地したのは、さっきまでジュディが立っていた場所だった。
「ジュディ! おい、どこにいる!? 返事しろ!!」
 俺は青ざめながら彼女の名を呼んだが、どこにも姿が見当たらない。
「ムフフフ♪ これでワンコせんべいいっちょあがりだお♥」
 ひょっとして……俺たち、負けたのか?
 ゲートキーも、やっとの思いで手に入れた神獣召喚の権利も、【トリアーデ】に奪われ失ってしまうのか!?
 いや、そんなことより、ジュディは一体無事なのか? まさか本当に、せんべいみたくペッチャンコにされちゃったんじゃないだろうな!?
 俺が呆然として突っ立っていると、不意に辺りに地響きが起こった。
「な、なに? なんなのぉ!?」
 ひろみが不安そうに四方を見回す。巨大フェレットも。
 ついさっきまで真っ青だった空が一転にわかに掻き曇り、真っ黒な雲が頭上にもくもくと湧き起こった。
 嵐の前触れのような黒雲の中で、何かがキラリと白く光った。それは、急速にこちらに向かってきた。雪のように真っ白に輝く物体は、近づくにつれ、次第にその輪郭を明らかにしていく。
 かっと開かれた真っ赤な目と、何物も砕かずにはおかない鋭い牙の生えた口、フサフサの豊かな尻尾を持つ、巨大な銀狼。
 イヌ族の守護神獣アヌビスだ。
 砂丘の頂に舞い降りたアヌビスが、月夜の狼さながらに咆哮を発する。
 と、天空に雷鳴が轟き、無数の雷の矢が合体フェレットめがけて降り注いだ。
〔ピギャァ───ッ!! 〕
 巨大フェレットは煙とともに消え去った。宝玉アレキサンドライトによる融合が解けた後には、目を回して横たわるタロ、ジロ、ヒメの三人の姿があった。完全にノックダウンだ。
 すごいや、これが守護神獣召喚の力か……。
 俺はただ息を呑み、目を見張るばかりだった。
 神獣アヌビスは自身の役目を見届けると、再び天空へと駆け上がっていった。
 さっき巨大フェレットに踏みつけられた砂の中から、ジュディがやっと這い出してくる。
「うへっ! ペッペッ! ったく、砂を噛んじゃったじゃんか」
 どうやらなんともないようだ。一瞬本当にワンコせんべいにされちゃったのかと焦ったよ……。
 ひろみが三人のクライアントのそばにひざまずき、心配そうに声をかける。
「タロ、ジロ、ヒメ、大丈夫ぅ?」
「うう……す、すまねえ、リーダー。また負けちった……」
 ひろみは面目なさそうにしている三人の頭を順番にぎゅっと抱きしめた。目にうっすらと涙が光る。
「あたしのせいで無理ばかりさせてごめんねぇ。あたしのせいで……」
「そんな! リーダーは悪くないッス」
「そうですの。私たちが至らないのがいけないんですの」
 やがて四人は、そろっておいおいと泣きだしてしまった。
 見ているうちに、俺はなんだかかわいそうになってきた。考えてみれば、ホストのみんながこのゲームに参加している理由──ゲートを開き、その向こうでかなえたがっている望みが何なのか、俺は知らない。
「なあ、ひろみはなんで俺たちと戦っているんだ?」
 彼女は少しの間ためらっていたが、顔をしかめてプイとそっぽを向いた。
「トウヤちゃん、それは聞かないお約束なのですよぉ。やさしい顔して聞きだそうとしたってダメですぅ。乙女心をもてあそぶのは、正義のヒーローがやっていいこっちゃないでしょぉ」
「う、うん……いや、ごめん……」
 二人とも気まずくなってしまい、会話は途切れた。
「アレキサンドライトのゲートキー、約束どおりトウヤちゃんにあげるよぉ」
 ひろみは【トリアーデ】にとって正真正銘最後のゲートキーを胸から外し、俺に向かって差し出した。それを見ていた三人のクライアントたちが、またしゃくりあげ始める。
「あ、ああ……せっかくゲームマスターにもう一度もらった敗者復活のチャンスだったのに……おいらたち一所懸命がんばったのに……」
「これでもう、リーダーの願いをかなえるのは絶望的ですの……」
「うう……ぐやじいッス……」
 なんだか受け取るのにしのびなくなってきたな……。ジュディもばつが悪そうに頭を掻いている。
 そのとき、もうひとつの声がした。
「お待ちください。いまの対戦は無効です」

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