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17 混戦




 まさに一世一代の大ピンチを迎えたとき、ミオは帰ってきた。
 もしかして、もう【バードケージ】のための守護神鳥を手に入れてきたのか? あれからまだ三日しか経ってないのに、いちばん見つかりにくいと思われたオウム族かカラス族の神鳥を、ヨナとヨキの二人より先に探し当ててしまうなんて。いくら彼女が並外れた天才ニャンコだといっても、ここまでとは。われながら鼻が高い。
 ほどなく、頭上からかすかなジェットエンジンの音が聞こえてきた。空の一隅にポツンと黒い染みが現れ、それはやがて大きくなって、翼を広げた鳥の形をとった。間違いなくサジタリウスだ。
 エアロックが開き、四人の姿が現れる。
「お待たせ!」
 ミオはひとっ飛びに砂の上に着地して、俺のもとに駆け寄ってきた。
「まさかこんなに早く帰ってくるとは思わなかったよ」
「ま、あたいのおつむにかかればざっとこんニャもんよ♪」
 ミオは悪戯っぽくウインクしてみせた。
 続いて、ジュディのそばに近づき、自分も傍らにしゃがみこむ。ジュディは彼女の顔を見ると、ニヤリとして親指を立てて見せた。
「アヌビスは手に入れたよ」
 ミオも笑顔を返す。二人は互いの拳骨をコツンと突き合わせた。
「よくやったわ。あんたにしては上出来よ。でも、ちょっと相手が悪かったわね……」
 【バードケージ】の三人も降りてきて、他のチームのメンバーをながめまわした。
「なんとまあ、わしらを含めて五チームが一堂に会するとは。いやはや、おもしろい場面に遭遇したもんですじゃ。それにしても、どういう対戦表なのですかな? ふむ……【ミョージン】&【トリアーデ】VS【ロンリーウルフ】&【カンパニー】のペアチームバトルかの? しかも、両チームとも召喚術を使用したものと見えますな。決着はほぼついたも同然のようじゃが」
「どうやら、ネコ娘にせっつかれてちょっと急ぎすぎたみたいだね。めんどくさい戦闘に参加するのはごめんなんだがな。といって、ルールブックが変更されてから、逃げるわけにもいかなくなったし。完全に勝敗がついた後だったら、美味しいところだけつまみ食いできたのにねぇ……」
 興味しんしんのヨナに対し、ヨキは明らかに気乗りしない様子で腕組みしながらつぶやいた。
「さあて、私たちはどうしようかしらね。勝ち組に乗ろうかしら。それとも負け組に加担して逆転勝利の女神になったものかしら」
 ひろみがプンスカ湯気を立てて小夜に抗議する。
「ちょっとちょっとぉ、小夜ちゃぁん! 勝手にペアにしないでよねぇ! あたしのクライアントは、晴彰ちゃんとこに無理やり操られちゃってるんだからぁ!」
 小夜が面白そうに彼女のほうを見た。
「あら、ひろみちゃん。【トリアーデ】がまだリングに残ってたのがそもそもびっくりだけど、ずいぶんとおもしろい負け方をしたのね。まあ同じ負けるにしたって、たまには趣向を変えたほうがいいとは思うけどさ」
「そうじゃないもぉん!」
 小夜に向かって威嚇するように晴彰が言う。
「神光寺、おまえのところも召喚術を手に入れたのか」
「まあね」
「邪魔はするなよ。【カンパニー】の片割れのクライアントを料理してから、ゆっくり始末してやる」
「それは困るわね。あんたに先にゲートキーを五つにされたら、いちばん不利益を被るのは私たちだもの。三対二ルールでどう? 取り分のゲートキーは、規定どおり【ミョージン】連合が勝ったら三つ、【バードケージ】連合が勝ったら二つでいいわ」
 晴彰は渋面を作ったが、他に選択の余地はないとあきらめたのだろう。
「ちっ、仕方ないな……だったら、まとめて相手をしてやる! 後で後悔しても知らないぞ! おい、藤岡。ブラッドストーンを解いてやるから、おまえらも協力しろ。最弱チームでもいないよりマシだ」
「え~っ、なんであたしが晴彰ちゃんとことペア組まなきゃなんないわけぇ? やだよぉ、あたしも小夜ちゃんや結莉ちゃんと一緒がいいぃ!」
 ひろみはぶつくさと文句を言ったが、晴彰の態度は変わらない。
「うるさい! 貸しを返してもらうまでは、四の五の言わずに従ってもらうぞ」
「ふえぇ~ん」
 葛葉がブラッドストーンを解除すると、タロとジロはポケッとした顔で辺りを見回した。
「二人とも大丈夫ぅ?」
「リーダー、みんな、ごめんなさいですの。私がバカなことしたせいで……」
 ヒメがしょんぼりして申し訳なさそうに謝る。
「いいよいいよ、しょうがないよぉ、ヒメちゃん。ヒメちゃんはチームのためによかれと思ってしただけだものぉ。晴彰ちゃんとこは強いから、運がよければ二つゲートキーが手に入るかもしれないしさぁ。みんな、がんばろぉ♪」
 それを聞いた晴彰が、不機嫌な顔で頭ごなしに否定する。
「バカ言え! おまえたちにやる分は一つに決まってるだろ!?」
「ちぇっ、晴彰ちゃんのケチンボォ! ちょっとくらいサービスしてくれたっていいじゃないのさぁ。召喚術手に入れたのだって、ほとんどヒメのおかげなんだしぃ」
 ひろみが口をとんがらせる。
「一つくれてやるのだって十分サービスだろうが。そういうことは個数分の活躍をしてから言え!」
 あまりヘソを曲げられても困るので、晴彰は不承不承条件を緩和してやった。期待は何もしていなかったが。
「え? ほんとぉ? よぉし、みんな、ゲートキー二個目指してファイトォ!」
「おおっ! バッチリ任せとけ、リーダー!」
「あっしもやるッス!」
「ですの!」
 本当に現金な性格だなぁ、【トリアーデ】は。
 一方、こちらの三チーム連合はといえば、必ずしも一チーム多い分有利だともいえなかった。レナードとジュディが負傷と魔力切れでボロボロだし、神獣アヌビスは一日二回の使用限度を越えてしまったため、もう呼び出せない。
 その代わり、【バードケージ】はカラス族の守護神鳥の召喚術を入手してきた。ミオ、ヨキ、ヨナの三人がフルチャージで戦える。それに対して【ミョージン】連合は、神獣カーズをすでに一度召喚しているし、夷綱が戦闘不能となり、戦力として残っているのは実質葛葉一人だ。
「ジュディの回復をお願い」
 結莉がレナードに命じる。
「これでもう宝玉の魔力は完全に底を突いてしまいます。我々【ロンリーウルフ】はリタイヤしたも同然ですが、よろしいですね?」
 結莉はだまってうなずいた。
 レナードが最後の一回のヒールⅢをジュディにかける。
「ありがとう、レナード。ボク、おまえの分もがんばるよ!」
「無論だ」
 二人は目でうなずき合った。
 お互い満身創痍の状態だが、どのチームにとってもここが正念場だ。この頂上決戦を制して新たな鍵を手にしたチームが、ゴールに向けて駒を一歩着実に進めることになる。
 ミオとジュディがこんなにも身を粉にして頑張ってくれてるんだもの……勝たなきゃ。いや、きっと勝てる! 俺たち【カンパニー】は、ここで必ず五つ目のゲートキーを手に入れてやるぞ!
「ではさっそく、ミュージックスタートォ! チャララララ~♪ チャカラッタッタッ──」
「バカ野郎! くだらんまねをしてる場合か!! 一気に片をつけるんだ!!」
 ひろみが主題歌を歌い始めた途端、晴彰が怒鳴り散らした。一体何を焦ってるんだ、あいつは?
「え~、歌わないと気分が乗らないのにぃ」
 ひろみは小声でブチブチと文句を言ったが、仕方なくあきらめた。
 小休止が終わり、試合再開のゴングが鳴らされる。
 変身を解いていた葛葉が再び夷綱の姿に変化する。のっけから神獣召喚で来るつもりらしい。
「フヒュ=カーズ!」
「よぉし、おいらたちも必殺技だ! 三身合体アレキサンダー!」
 【トリアーデ】の三人はまた肩車を組んで巨大フェレットに変身した。一応サイズ的には神獣に近くはある。ともかく、これで向こうは巨大イタチ二体がそろい踏みした。一頭は見かけ倒しだが。
「バカイヌ! あたいたちは三バカトリオを片付けるわよ!」
「よしきた!」
 ミオとジュディもやる気満々だ。
「さて、それじゃあ僕もさっそくお披露目といこうか。我、食物連鎖の要たる自然界の調停者、大いなる知恵を純粋無垢なる好奇心にのみ用いる賢者、夕暮れの時を告げる秩序の守護者の眷属の者として、汝を召喚する──シルベスター=ラーベン!!」
 ヨキが厳粛に召喚の文言を詠唱する。
 四方八方から幾千幾万とも知れぬ漆黒の鳥がざあっと集まり始める。はじめそれは、まるで本物のカラスの群れようだったが、その群れの濃密な部分が鳥の形をとりはじめ、やがて一羽の巨大な大ガラスへと変化した。
 イタチ族の神フヒュ=カーズがシャーッとおたけびをあげる。神鳥ラーベンは一陣の強風とともに舞い降り、鋭い鉤爪でカーズに向かって襲いかかった。
「くっ!」
 夷綱に化けた葛葉の様子がおかしい。額には玉のような汗が浮かんでいる。
 晴彰は焦れるようにクライアントに発破をかけた。
「葛葉! やつらを蹴散らせ!!」
 一方の側では、アレキサンダーフェレットと【カンパニー】コンビの激闘(?)が繰り広げられていた。
「それ、おまえたち! ワンコせんべいとニャンコせんべいにしてやるのですぅ!」
 銀河ナンチャラ戦隊隊長の檄が飛ぶ。やっぱり正義の味方というより、巨大怪獣を操る極悪宇宙人のノリだが。
 最弱チーム【トリアーデ】も、今回は俄然張り切っている。晴彰の口約束を真に受けて、本気でゲートキー二個分の活躍をしてみせる意気込みだ。一度脱落しながら、ゲームマスターの恩情で特別に二二個目の宝玉を支給され、復活を果たしたひろみたちだが、ここで負ければ挽回できる機会は二度とない。背水の陣の【トリアーデ】にとっては、今度こそ本当のラストチャンスには違いない。
 ていうか、あのアレクサンドライトだって、ルール上は俺たちが所有権を主張できたはずなんだよな……。次の対戦を始めちゃったから、いまさら手遅れだけど。後でミオの耳に入ったら、さんざん文句を言われそうだ……。
 巨大フェレットはコサックダンスでも踊るように、ドタドタと【カンパニー】の二人を踏みつけようとする。彼女たちはその足の間をひたすら逃げまわった。
 巨獣と化した【トリアーデ】は意外に侮れず、ミオとジュディも苦戦を強いられた。何しろ、短足三兄弟を相手にしたときとは勝手が違う。さっきは神獣アヌビスの力で一息に蹴散らせたが、召喚の手札も切らしてしまった。
 実は、チーム人数が一名多いだけでも圧倒的に有利なはず──ということで、【トリアーデ】のHPには戦闘時に〇・八の補正がかけられていた(単独チームの【ロンリーウルフ】と【ジョーカー】では逆の補正)。ルールブックの大幅改訂時には〇・九五にまで引き上げられたものの、もともとメンバーの体力がかなり低い同チームにとって、これがネックになっていたのは否めない。
 三人分の体力を一体にまとめる宝玉魔法アレキサンダーは、その弱点を大幅に補って余りある。ジュディもミオも、いくら剣や爪をふるってもリーチが足りず、さっきから効果的なダメージを与えられていない。攻撃をかわすのが精一杯で、これまでとはすっかり立場が逆転してしまった格好だ。
 ゲームマスターからの宝玉アレキサンドライトのプレゼントは、当の【トリアーデ】にとっちゃ粋なはからいと言えたろう。けど、対戦者の側にしてみれば、いくらあの四人だからって贔屓しすぎじゃないか、とボヤキたくもなる。
〔ギャアアアス!!〕
 アレキサンダーフェレットは欠伸のように大口を開いたかと思うと、衝撃波を放ってきた。ミオとジュディはすかさず左右に跳躍し、エネルギー派の直撃は免れたが。まさか、あの三チビにここまでてこずらされるとは。
 お遊戯とさんざんバカにしてはきたけれど、毎日のように練習してきた前振りのポーズも、三人が心を合わせ一心同体となることで威力を発揮するアレキサンダーの効果を高めるのに、案外役に立ったのかもしれない。
〔ギャギャギャッ! ギャギャギャギャッ!(何やってんだよ、ジロ! そこは右足じゃねーだろ!)〕
〔ギャース! ギャース!(あっしじゃないッス! 右足はタロの担当じゃないッスか!)〕
〔ギャギャアーン!(ちょっと二人とも、こんなときにケンカはやめるですの!)〕
 そうでもないか……。
 だが、うちの二人も百戦錬磨の兵、伊達にモンスター戦を重ねてきたわけじゃない。敵の弱点を見抜くのはお手のものだ。
 チームの協調が乱れ、足を上げて振り下ろすまでの間に出来た一瞬の隙を、ジュディは見逃さなかった。
「同じ手ばっかり食うか!」
 足裏の肉球の柔らかく敏感な部分を狙って、剣を突き刺す。
〔ヒギャ──ッス!!〕
 あまりの痛さに、ピョンピョン飛び跳ねる巨大フェレット。
「いまニャ! トルマリン!!」
 ここですかさず、ミオが手持ちの最強札を惜しげもなく発動。
 お互いの手のうちがほぼ明らかになり、コールを気にして手札を隠す必要もなくなった。神獣召喚も交えた総力戦の段階に差しかかったいま、大事なのはむしろ、最も効果的な投入のタイミングだ。
 ミオが放った宝玉トルマリンの最上級魔法は、エレクトⅢをも上回る強烈な電気ショックだ。イヌ族と対照的に、雷属性に強いネコ族とは相性がいい。ゾウや恐竜をも一撃でノックアウトするほどの強烈な電撃が、巨大フェレットの頭頂部から足元まで一気に駆け抜ける。
〔ピギャァァ──ッ!! 〕
 宝玉アレキサンドライトによる合体が解け、巨体がダークマターの霧と化していく。後には、【トリアーデ】の三人が重なり合うようにのびていた。
「ふぎゅ~~~」
 もはや強がりを口にする気力もないみたいだ。タロたち三人にとって、今日ほどさんざんな目に遭った一日もなかったろう。ま、ゆっくり休んでくれ。
「こっちは片付いたわよ! そっちは?」
 ミオが【バードケージ】の二人に声をかける。
「さすがネコ嬢、仕事が早い。じゃが、わしらもそろそろフィニッシュですじゃ。こちらも連携プレイをお目にかけますぞ! アクアマリン!!」
 ヨナもミオに倣い、チームの所持する宝玉の最上級魔法を披露する。召喚術との組み合わせは無敵だ。最強術士の放つダークエネルギーの大津波と、神鳥ラーベンの巨大竜巻のダブル攻撃が、フヒュ=カーズの巨体を飲み込んだ。
「かはっ!」
 葛葉が血を吐きながら膝をついた。姿が安定せず、夷綱と葛葉の姿を行ったり来たりしている。それに同調するように、イタチの守護神獣カーズの姿もほとんど消え入りかけていた。
「葛葉! もうちょっと辛抱しろ!」
「は、はい……」
 どうやら、さしもの葛葉もノックダウン寸前のようだ。異種族に化けて召喚術を行使するのは、想像を絶する負担が身体にかかるらしい。
「晴彰ちゃん、もう降参しようよぉ! このままじゃ、葛葉ちゃん本当に死んじゃうよぉ」
 ひろみが心配そうな顔で訴える。
 その彼女を当の葛葉がきっとにらみつけた。
「おだまりなさい! 私たちは晴彰様の道具、命など惜しくはありません。晴彰様の望みさえかなえられるなら……」
「そんな! クライアントは道具じゃないよぉ。一緒に力を合わせて戦う仲間だよぉ。家族だよぉ! そんなやり方じゃ、望みなんてかないっこないってばぁ!」
「うるさい、だまれ! おまえらなんかにわかってたまるか!! 俺は、失ったものを必ず取り戻さなきゃならないんだ! 俺は……」



 小夜が晴彰に忠告する。
「晴彰君。【ミョージン】に勝機がまだ残っているとは思わないけど、たとえこの戦闘で勝ってゲートキーを三つ入手できても、クリア条件にはまだあと四つ足りないわよ。そのあとどうするつもりなの? いま夷綱さんも葛葉さんも失ったら元も子もないでしょ」
「くっ……!」
 晴彰はその場にしゃがみこむと、両手で頭を抱えるようにしてうめいた。
「葛葉……召喚と九尾変化モードを解除するんだ……今回は退こう……」
 うつむいた晴彰の目から涙がこぼれる。
「晴彰様……」
「晴彰ちゃん……」
 勝った。俺たち三チーム連合の勝利だ。
 でも、だれも満足した顔なんてできなかった。勝利の達成感なんて、これっぽっちもない。みな神妙な面持ちで、言葉もなく自分の足もとを見つめるばかりだ。
 これで本当にいいんだろうか──?
 もう迷わないと、あのときミオとジュディに誓いを立てたけれど、俺の心は晴れなかった。
 そこに、一つの声が響き渡った。
「おもしろそうなことをやってるじゃないか。僕も混ぜろよ」
 砂丘のいただきでマントをひらめかせていたのは、孤高のチーム【ジョーカー】だった。

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