「カイン……」
ミオがかすれる声でつぶやく。
晴彰は涙を拭いてすっくと立ち上がると、状況の変化を機敏に察知したように、彼に向かって声をかけた。
「おい、おまえはどっちの組に加わるんだ? こっちに来るならゲートキーを一つやれるぞ。向こうに入れば、一つも入手できなくなる」
「晴彰ちゃんてば!」
「あんたねえ!」
ひろみも小夜も抗議の目を向ける。だが、カインは急に体を折って大声で笑い始めた。
「フ……フフ……ハハハハハッ!!」
「何がおかしい!」
憤る晴彰。カインはおかしくておかしくて涙が止まらないというように笑い続けていたが、やがてそれも収まると、意外な一言を口にした。
「決まってるじゃないか。一対五だ」
「冗談だろ?」
晴彰だけじゃない。だれもが耳を疑った。
「まったくね。チームメンバーが一人しかいないあなたが、クライアント十人全員を相手にするっていうの? お話にならないわ。それとも、私たちに手持ちのゲートキーを分配サービスしてくれるつもりなのかしら?」
小夜もすっかりバカにしきっている。
だが、カインの口調はあくまで自信にあふれていた。
「ああ、条件はそれでかまわないとも。だが、僕はここで残り五つのゲートキーを手に入れて、さっさとこのくだらない茶番劇に蹴りをつける。そして、ゲートに行くつもりだ」
ということは、俺たち【カンパニー】から奪ったキャッツアイと【ロンリーウルフ】のジェイドに加え、【イソップ】からもどれか一つゲートキーを入手したのか……。逃げ足だけはずば抜けたあのチームをよく足止めできたものだ。
手持ちのゲートキーが六つで、ネコ族の召喚神獣も持っているのだから、確かに【ジョーカー】は、たとえクライアントが一人であっても現時点で最もリードしている最強チームには違いない。だが、俺も晴彰や小夜と同意見だった。五チームの連合相手にたった一人で挑むなんて、無謀もいいところだ。
「やってみればわかる。おまえたちに何が足りないのか、な……」
その場に居合わせたイソップ以外の五チーム、気絶している夷綱を除く九人のクライアントと五人のホストを見回しながら、カインはゆっくりとしゃべりつづけた。
「あっという間に片をつけることのできる、おまえたちの知らない裏技を教えてやろうか?」
みんなけげんそうに顔を見合わせる。カインは、まるで値踏みするように俺たちの顔を見比べていたが、おもむろに言った。
「実に簡単なことなんだよ……ホストを潰せばいいのさ!」
ひらりと宙に舞うと、カインはいきなり飛びかかった。ターゲットは【バードケージ】のホスト、神光寺小夜だ。
「きゃあああっ!!」
「危ない、お嬢様!!」
いまの戦闘で後衛を務めていたヨナが、主人をかばって敵との間に立ちふさがる。
カインの鋭い爪がヨナの胸を貫いた。
ぽっかりと開いた大きな穴から血を吹き出しながら、ヨナはその場に崩れ落ちた。小夜が絶叫する。
「ヨナァ──ッ!!」
一拍遅れて、魔法の翼を広げたヨキが、カラス族専用装備であるサーベルでカインに切りかかった。
最後の力を振り絞ってヨナが訴える。
「ヨキ……お……お嬢様をお守りするんじゃ……」
「ヨナ、ヨナーッ! 死んじゃいやーっ!」
小夜は取り乱して泣きじゃくった。
「やれやれ、手っ取り早く終わらせようと思ったのに、そう簡単にはいかないか。まあいい。少しくらいは楽しませてくれよ」
「楽しむ余裕など与えるつもりはないよ。黒死無影突!!」
ヨキは鳥族の飛翔スキルを使って自在に宙を舞い、氷のような冷酷さでカインに容赦ない集中攻撃を浴びせた。黒死無影突はカラス族の最高位スキルで、無数の突きを受けた敵は間違いなく蜂の巣になる運命だ。
だが、ヨキの全身全霊をかげた必殺技を、カインはまるであざ笑うかのように交わしつづけた。
「九生爪破!」
反撃が始まる。鋭い突きと爪の応酬。ヨキはスピードではカインとほとんど互角に渉り合っていたものの、明らかにパワー負けしていた。悪いことに、鳥族にとってネコ族は属性的にも相性の悪い相手だった。
「四石解放!」
カインの持っていたゲートキーの一つが燦然と輝いた。宝玉のダークエネルギーが、彼自身の体に吸い込まれていく。宝玉魔法の力をそっくり吸い取っているらしい。宝玉にそんな使い道があったなんて、ルールブックにも載っていなかったぞ!?
カインのスピードとパワーが一段と上がった。
「くっ!」
ヨキが完全に劣勢に追い込まれている。どんなときでも冷静で、戦いすら面白がっているように見えた彼の表情に、いまは明らかに苦悶の色がにじんでいた。
「助太刀いたす!」
「ボクもいるぞ!」
レナードとジュディがヨキの加勢に回り、剣技を繰りだす。
「五石解放!」
さらにもうひとつのゲートキーの宝玉がエネルギーをカインに分け与える。彼のスピードとパワーが、まるでギアチェンジしたように一段加速した。
「うわああっ!」
カインの爪の一振りで、ヨキ、ジュディ、レナードの三人はいとも簡単になぎ払われてしまった。
意識を失っているヨナの頭を膝に抱きながら、小夜はきっとカインをにらみつけた。
「ひどいわ!! こんなのルール違反よ! 卑怯者!!」
「おや、きみたちはルールブックにちゃんと目を通していないのか? ゲームマスターはNPCに手を出すことを禁じてはいるが、ホストを殺しちゃいけないとは一行も書かれていない」
俺もジュディをかばいながらカインに向かって問いただした。
「おまえ……ホストがいないのでずっとおかしいと思っていたが、まさか自分で手にかけたんじゃないだろうな!?」
カインはぞっとするような冷たい目で俺を見た。
「ケチな想像だな。だが、おまえを手にかけるのは簡単だ!」
あっと声をあげる間もなかった。次の瞬間、俺の左腕は鋭い爪でざっくりとえぐられていた。激痛が走る。
「ぐあっ!」
二撃目はなかった。ミオが俺とカインの間に立ちはだかり、自らの爪で攻撃を受け止めてくれていたからだ。
「やあ、仔ネコちゃん。元気そうで何よりだ。悪いけど、今日はこの間みたいに、きみに免じてみんなを見逃すというわけにはいかないよ」
「そう……奇遇ね。あたいも同じ気分だわ」
二人の視線が鋭く交錯する。
バステッド星の神殿で、ネコ族の神獣召喚権をめぐり【ジョーカー】と対峙していたとき、俺とジュディはミオ自身の放った宝玉キャッツアイの魔法で一時意識を奪われた。そして結局、神獣バステッドのみならず、キャッツアイまでもがカインの手に渡ってしまった。
神獣バステッドにコンタクトできるのは、一族の女王の試練を受けられるネコ族の女性のみ。つまり、俺たちは圧倒的に有利な立場にあった。ところが、あろうことにも、ミオはその権利を自分の意志でカインに譲ってしまったのだ。
一連の事件が終幕し、カインが立ち去った後、事実上俺たちを裏切ったに等しいミオに対し、ジュディは激昂してつかみかかった。相棒に殴り倒され、唇を切って血を流しながらも、彼女は押し黙ったまま何も抗弁しようとしなかった。
あのとき、ミオとカインの二人の間で一体どんな会話が交わされたのか、俺は知らない。ミオは最後まで話そうとしなかったし、俺もそれ以上彼女を責めるのは気が引けた。
ミオは決して【カンパニー】を裏切って【ジョーカー】についたわけじゃない。それはわかってる。たったいまも小夜をその手で殺そうとした、葛葉さえ及ばないほどの冷血漢カインから、俺の命を守ってくれた。
けれど……それ以上に、彼女がふだん俺たちには見せたことのない、とても悲しそうな目をしていたから、聞くに聞けなかったのだ。
いま、その二人の間にあるのは、一切の情を排した敵意のみ──に見えた。
俺は逆に、底知れぬ大きな不安に駆られた。
何しろ、ヨキ、レナード、ジュディの手だれ三人が束になってもかなわない相手だ。バステッド星での対戦時のように、お互い引き下がれる状況にもない。いま彼自身が口にした台詞どおり、同族の女性だからと手加減するカインにはまったく見えない。
このままでは、ミオは彼にひとひねりに殺されてしまうだろう。ヨナと同じように。
右腕の痛みをこらえ、彼女を制止しようとしたそのとき──
「待って! 待ってくださ──い!」
新たな役者が登場した。最後のチーム、【イソップ】のホスト、眞白杏子だ。
かくして、惑星アヌビスの遺跡前の砂漠に、今回のゲームに参加した七チームのホスト・クライアントの全員が集結したのだった。