「みなさん、ご無沙汰です。お元気でしたか?」
一同を見回してから、コツンと頭を自分でたたいて謝る。
「っていうか、元気どころじゃないですよね……スミマセン」
ひろみとはまた違う意味で、ネジが一本抜けているのが杏子だった。
「杏子はん、こんなシリアスな場面でボケかましたらあかんわ」
「あきませんですよ」
でもって、この漫才コンビが彼女のクライアント、ウサギ族のエシャロットとカメ族のチコリ。いつもながらマイペースなチームだ。対戦数は結構な数にのぼるはずなのだが、ルールで定められた時間切れまでいつも逃げまわってばかりなので、勝負がついた試しがない。
当然ゲートキーは増えない代わりに減りもしないはず……だったが、結局【ジョーカー】にだけは捕まってしまったようだ。いまの所持キーの数はおそらく二つ。
「きみは別にいなくていいよ。クリアに必要なキーはもうそろった」
カインが杏子に冷たく言い放つ。
「カインさん。私はあなたのホストがだれだか知ってます!」
当のカインを含めた全員の視線が杏子に集中する。
「……つまらないことさ」
再び視線を逸らして話を打ち切ろうとしたカインだが、杏子は先を続けた。
「つまらないことじゃありません! つまらないことじゃ……。あなた自身、そんなこと思っていないはずでしょう!? あなたのホストは……荻原先生です!」
みんな一瞬固まる。
「おい、眞白。またそんないい加減なことを……」
晴彰は疑いを差し挟んだが、結莉の意見は違った。
「待って、晴彰君! 私も杏子ちゃんの言うとおりのような気がするの。私たち、全員小学六年のときの飼育係のメンバーだったじゃない。それが共通のカギだってこと、だれもが認めたわよね? だけど、当時七人目はいなかった。クラスメイトのだれかじゃないかとも疑ったけど、私にはここにいる六人と体験を共有している人を、他にだれも思いつけなかったわ。でも、顧問だった荻原先生なら……」
杏子はカインを見たまま話し続けた。
「私、あなたのこと知ってます! いえ、直接は会ってないんだけど、先生から聞いたんですよ、あなたのこと。だって、私──」
「うるさいよ。くだらん与太話はたくさんだ。おまえからまず消してやる!」
カインの鋭い爪が杏子に狙いを定めた。
「そうはさせないのですよ!」
チコリがリクガメ族お得意のスキルである魔法の盾を作り出して、彼の攻撃を阻んだ。
「エッちゃん、早く! いまのうちですよ!」
「合点承知やで! 我、千の敵に己が身捧げ、なお揺るぎなき繁栄を謳歌する楽天家、最弱こそ最強の証と知る逃走者にして闘争者の眷属なり……いま、汝を召喚せん……エル=ア=ライラ!!」
エシャロットが唱えたのは、なんと守護神獣召喚の詠唱だった。
「ま、まさか、おまえたちも召喚術を手に入れてたのか!?」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、杏子がヒソヒソと俺に打ち明けた。
「えっとですね、なんかウサギ族の召喚契約成立条件って、二五五回逃げることだったみたいで……。みなさん、守護神獣を探すのにずいぶんと苦労なさってたんですよね。あっさりとゲットしちゃってスミマセン」
……。まあ、それだけ逃げまわるのも決して楽なことじゃないけどな。最初からねらってたわけじゃあるまいに。
砂漠の空にキラキラと雪が舞う。やがてそれは猛吹雪となった。辺り一面の銀世界、白くかすむ視界に現れたのは、巨大な白ウサギだった。ルビーのような真っ赤な目が爛々と光る。
「フン。おまえたち、ゲートキーは二つしか持ってないんだろう。力のない者が神獣を召喚したところで同じことだ」
鼻でせせら笑うカインだったが、【イソップ】の二人はあくまで強気の姿勢を崩さない。
「なめたらあかんで! だてに逃走と防御のスキルばっかり磨いとらんのや。うちらはな、二人して究極のスキルを編み出したんやで。名づけて回復無限ループやぁ!」
「そういうことですよ。攻撃力はゼロですけどね……」
「あんた、それ言うたらあかんやろ!」
どこから持ち出したのか、エシャロットがハリセンでチコリをポカンとしばく。
「えっと、私カメですから痛くないですよ。って、あ、いや、ちょっとやめてエッちゃん。そんなポカポカ連打されたら気持ち痛いですよ」
……。ドツキ漫才やってる場合じゃなかろうに。
「目障りだ、消えろ! 我、太陽の祝福のもとに身を清め、夢を追い求める探求者、その動線と瞳の色と鮮やかな狩りのテクニックにより美を体現する表現者の眷属の者として、汝を召喚する……バステッド=ミアスラー!!」
出た! 本当は俺たちのものになるはずだったネコ族の守護神獣召喚術。ゲートキーの数とカインの強さを考えても、襲いかかられたら全員ひとたまりもないだろう。
ネコ族の神獣バステッドは、大きさこそさほどでもなかったが、その全身から放たれる禍々しい紫色の強大なオーラは、天を覆い尽くさんばかりだった。
それでもなお、チコリとエシャロットはくじけていない。
「リクガメ族の最上級スキル、ヘキサゴンアルテマガードですよ!」
緻密に編まれたダークマターのハニカム構造のドーム型バリアが俺たち全員をすっぽりと覆う。
神獣バステッドの強烈な引っかき攻撃を、鉄壁の防御が防ぐ。
「さあ、みなさん、いまのうちに回復してさしあげます」
杏子の指示で、エシャロットが神獣の癒しの力を各チームのクライアントに施す。
瀕死の重傷だったヨナがうっすらと目を開けた。主の顔を認めると、悪戯っぽく片目をつぶってみせる。
「やれやれ、どうやら命拾いしたようですな」
「ヨナ! よかった……私、もうダメかと……」
小夜は彼に覆いかぶさるように抱きつくと、また大声をあげて泣いた。
「夷綱さんも再起可能ですが、召喚の契約のほうは無効になってしまいます。よろしいですね?」
「ああ、頼む。どのみち今日はもう使えないしな。恩に着る」
杏子を見てうなずく。あの晴彰が礼を言うなんて、珍しいこともあるもんだ。
ウサギ族の神獣エルは、クライアントたちだけでなく、俺の左腕の傷も治してくれた。こらえていた痛みがスッと消えていく。
「みんな、注意事項があるさかい聞いてえな。うちの神獣エルちゃんは傷を癒すことはできるんやけど、消耗した魔力と体力の回復まではできへんのや。堪忍したってな」
今日一日まさに不幸のオンパレードだった【トリアーデ】の三人、神獣アヌビスに受けたダメージも残っている【ロンリーウルフ】のレナード、【ミョージン】の夷綱と葛葉は召喚失敗と九尾変化で、【バードケージ】のヨキとヨナもたったいまカインにやられてズタボロだ。【イソップ】の二人は回復と防御だけで手いっぱい。そして、ジュディも連戦続きでだいぶへばっている。戦力としてまともに動けるのは……ミオ一人。
「六石解放!」
カインはさらに所持しているすべての宝玉の力を解放した。まるで守護神獣そのもののようにまばゆいばかりのオーラを放っている。
バステッドの攻撃がさらに破壊力を増した。
「うわっ、さすがにこれはきついですよ」
難攻不落を誇るチコリの防御も、このままでは長くもちそうもない。
ミオはすっくと立ち上がると、この場にいる全員を見回した。
「みんニャの力を貸してちょうだい」
六人のホスト、十一人のクライアントが、同時に毅然とした表情でうなずく。
ミオはただ一人、防御の傘の外に出た。