赤い砂漠の惑星の上で、このゲームに参加したすべてのメンバーが固唾を呑んで見守る中、カインとミオの二人が向かい合う。
「おまえたちには覚悟がない。僕には勝てないよ」
「覚悟ニャらあるわ。そして、勝つわ。必ず」
「強がりはやめなよ、仔ネコちゃん。本当に死ぬよ?」
「その台詞、そっくりあんたに返すわよ。いつものハッタリじゃニャくってね」
すごみのある笑みを浮かべると、カインはいきなりミオに襲いかかった。彼女を容赦なく殺すつもりだ。
ミオはカインの猛攻をなんとか防ぎきっていた。俺はハラハラしながら戦いの行方を見守った。握りしめる拳に思わず力が入る。
だれかが俺の肩に手を置いた。ジュディだ。
「いまはミオを信じようよ」
黙ってうなずくと、視線を再び死闘を繰り広げる二人に戻す。
もちろん、俺はミオを信じてる。けど、彼女がたった一人で、みんなを護るために戦っているのを、ただ見守ることしかできないのがもどかしかった。
「バステッド!」
カインは片手をあげて守護神獣に命じた。
同じネコ族だと耐性が働くため、他の種族に比べればダメージは若干低く抑えられる。それでも、六つの宝玉の力を解放したカインの召喚魔法に、果たして耐えられるものだろうか?
すさまじい咆哮とともに、神獣バステッドの口から七色の閃光がほとばしった。
まるで惑星ごと吹き飛ばすかのような巨大な爆発が起こる。ミオがいた場所を中心に光の輪が幾重にも広がっていく。
「ミオ───ッ!!」
俺は思わず叫んでいた。
しばらくは、閃光ともうもうと立ち上がった砂煙のせいで何も見えなかった。そのもやが次第に晴れていく。
息も詰めて見守っていた俺の目に、人影らしい形が映る。
それはまぎれもなくミオだった。傷一つなく、平然とした顔で、彼女はそこに立っていた。
驚いたのはカインのほうだ。
「!? 貴様……まさか……」
ミオは両の手を前に突き出し、指を立てて数字を示した。
「七石解放」
後ろで俺たち六人のホストがうなずく。
「あたいはね。ルールブックの設定がすべてだニャンて、最初から信じちゃいニャかったのよ。そんニャ甘い世界だニャンてね。だから、他のチームの一手先を行く道を常に研究し続けたわ。ジュディと一緒に。召喚術が加わるのも予想済みだった。七チーム八種の神獣の入手ルートだって、トウヤがこっちに来る前にチェックしてたのよ。そして、宝玉の魔力を直接自分に注入する〝解放〟のテクニックもね……」
ミオは自分の手のひらをじっと見つめた。その手を握りしめると再び目を上げる。
「あたいたちはね──何がニャンでもこのゲームを絶対勝ち抜いて、必ずゲートを開いてみせる──そう誓ったの。トウヤのために……」
いまこそ知った。二人がそこまで深く俺のことを思ってくれていたことを。愛してくれていたことを。
「カイン。あんたに勝ち目はニャイわ。退いてちょうだい。これ以上戦えば、あたい、あんたを本当に殺しちゃう。でも、あたいはできればあんたを殺したくはニャイ」
カインの表情がみるみる変わっていく。頬が引きつり、目は血走って、口もともわなわなと震えていた。まるで血肉に飢えた悪鬼のような形相で、彼はミオをにらみつけた。
「断る! 七石解放!!」
「!? あんた、ゲートキーは六つしか所持してニャイはずじゃ……」
だが、カインの運動能力は確実にワンランク上がっていた。ミオが劣勢に回りはじめる。
このままじゃやられる!
と思いきや、彼のねらいはミオではなかった。
目の前にカインがいた。電車に轢かれる直前の瞬間の恐怖が脳裏によみがえる。
「死ねっ!!」
だが、彼の爪が振り下ろされることはついになかった。
「九石解放!! 九生爪破!!」
コンマ〇一秒でも遅れていたら、間違いなく俺の命はなかったろう。そのわずかな一瞬の間に、ミオのネコ族究極奥義が炸裂した。
倒れる間際、カインがかすかにつぶやくのが聞こえた。
「……佳……苗……」
ウサギ族の守護神獣エル=ア=ライラの力をもってしても、カインの傷を癒すことは不可能だった。彼の命は、まるで割れた器からこぼれる水のように、彼の体から失われていく一方だった。
「おかしいやん、こんなん! なんで治らへんの!?」
エシャロットも半べそをかいて困惑するばかりだ。
カインがうっすらと瞼を開いた。
「治るはずがない。僕が解放した七つ目の力はゲートキーの宝玉じゃない。僕自身の命なのだから。さすがの仔ネコちゃんも、究極の裏技までは調べがつかなかったみたいだね」
横たわるカインのそばで、ミオはじっと彼の顔を見つめた。
「カイン、バカニャことを……」
「勝てていればそうでもなかったさ。ま、宝玉十六個分を束にされちゃ、僕には到底勝ち目なんてなかったのだから、確かにバカといえるかもね。フフ……」
「荻原先生に何があったんですか?」
そう尋ねたのは杏子だ。
「佳苗は……教師を辞めて入院することになった。ALSという病気だそうだ」
ALS:筋萎縮性側索硬化症──原因不明の難病で、有効な治療法もない不治の病だ。体がだんだん動かなくなり、ついには呼吸すらできなくなってしまう。症状が現れて三年から五年で半数の人が亡くなるという。
俺たち六人は、だれもが驚きの表情を隠せなかった。
「そんな……先生が……」
結莉が口もとに手を当ててつぶやく。
「ねえ、荻原先生はこっちの世界に、メタコスモスに来れなかったの? 一体どうしてなのかしら? まあ、私たち自身が選ばれた理由だって、はっきりとは知らないんだけどさ」
今度は小夜が質問する。
「僕と佳苗のESBは、ほんのちょっとした、ささやかなものにすぎなかったからね。詳しいことは、彼女が知ってるさ……」
かすかに腕を上げて、カインは杏子を指差した。
「そんなことないです! だって……だって……あなたはそんなにも、自分の命さえ投げだすほど深く、先生のことを愛していたんでしょう!?」
杏子はカインのその手を握りしめて叫んだ。彼は少し首をかしげてから答えた。
「さあ、どうだかな……僕にはわからない。これを愛と呼べるのかどうか……。僕はただ、彼女は生きるべきだと思っただけだ……。彼女は……僕が存在する理由を与えてくれた……僕がこの世界にいてもいいと言ってくれた人だから……」
最後にもう一度、カインはミオのほうを向いて彼女の目をじっと見つめた。
「ミオ……きみの覚悟は……きみと彼のESBは……やっぱり混じりっけなしの本物だったね……正直、うらやましく思うよ……」
ミオは首を横に振りながら、やさしい笑みを浮かべてカインを見つめ返した。
「あたいたちは運がよかっただけよ。あんたのESBだって掛け値なしの本物だわ。だれにも否定することニャンてできやしニャイ。あたいがさせニャイ」
カインは再びゆっくりと目を閉じた。なぜか少し安堵したような表情を浮かべる。
「……確かに、僕はできることはすべてしたつもりだ……悔いはないよ……後はただ……もう一度……彼女の笑顔を……」
杏子が小さく「あっ」と叫ぶのと同時に、カインの体はほのかな白い輝きを帯びはじめた。やわらかで、それでいて冷たく透き通った光は、まるで彼をどこかへ運び去るかのように、彼の全身を次第に浸していった。
カインの体が、光の中に溶けていく。
ミオの目から一筋の涙がこぼれた。
バステッド星での敗戦の後、彼女がとても哀しそうな目でそっと呟いたのを思い出した。
「あたいは欲張りで、不器用ニャ女だから、どちらかを選ぶニャンてことはできニャイのよ……」
その言葉の意味が、いまようやくはっきりと理解できた。
彼女は、俺も、カインも、両方助けたかったんだ。そのための方法を、必死になって探し求めていたんだ。ずっと。
ミオのやつ、カインのことが本当に好きだったんだな……。うすうす感じてはいたけど。
静かに泣き続けるミオの横顔を見つめながら、俺は心の中で両手をついて深く頭を下げ、許しを乞うた。彼女に、俺を選ばせてしまったことを。