直径百光年に及ぶメタコスモスの深部、周囲には居住可能惑星が一つも存在しないさびれた宇宙の一画に、その星はひっそりと浮かんでいた。
メタアース。
この世界で文明が最初に興った聖地。すべての知的種族の故郷。モノコスモスの地球と時空的な鏡像関係にある、〝もう一つの地球〟。
いまではメタアースは、新たな知的種族の揺りかごの役目を担う原生自然保護惑星として厳重に保護され、知的航宙種族は一切立ち入りを禁じられていた。
一六個のゲートキーを一緒に束ねたとき、それぞれの宝玉はまるで共鳴するかのように脈動する光を発し始めた。最初のうちバラバラだった波長と色が、やがてピッタリと一つに重なり合い、そこに答えが浮かび上がった。
ホログラムで描かれた二つの地図──。ゲームの優勝者の訪れを待っているゲートの所在を指し示すものに間違いない。
そして、地図のうちの一枚、いくつもの光点が散らばった星図の中心に位置していたのが、ほかでもないメタアースだった。
ストリーカーは大破して砂に埋もれてしまったので、俺たち三人はアルカディアに同乗させてもらうことにした。修理すれば俺たちの船もまだ使えるはずだが、いまは時間が惜しい。半年の間ともに旅をしてきた愛船に、もう二度と乗る機会はないかもしれないと考えると、後ろ髪を引かれる思いだったが。
五つの船で俺たちは惑星アヌビスを後にし、一路メタアースを目指した。
ハイパースペースを経由して星系の重力井戸の手前に出現した俺たちは、そこで驚きに目を見張った。メタアースがあまりにも地球にそっくりだったからだ。しばし我を忘れ、スクリーンに映しだされた青い球体に見とれる。月探査機かぐやから撮った地球も美しかったけど、テレビ映像とこの目でじかに見るのとでは、圧倒され方が段違いだ。
「きれい……。本当に地球にそっくりだよね……」
結莉も俺と同じ感想を口にする。
「やだ……なんだか涙が出てきちゃった。これってホームシック? でも、変だよね。私、宇宙船から地球をながめたことなんて一度もないんだもの」
そう言いながらフフフと微笑む。俺も彼女に微笑み返した。確かに結莉の言うとおり、俺も不思議な郷愁の念に突き動かされていたから。
そのとき、緑のランプとともに警告無線が入った。
《こちらは星間連盟環境保護局。貴船団は立ち入り禁止のコアゾーンに侵入している。ただちに針路を変更し、当該星域から立ち退かれよ。警告に従わない場合は、連盟の規定に従い強制排除の措置を執行する》
たちまち仲間たちからの問合せが回線に殺到した。
《おいおい、こんなの想定してなかったぜ!?》
《ど、ど、どうしましょう!?》
結莉も俺に目を向けた。
「どうしよっか?」
「こういう場合、俺はいつもミオに一任してる」
というわけで、彼女がマイクを握り、決定事項を他の四隻に伝達した。
「いい、みんニャ! いよいよゲームのクライマックス、ラスダン突入よ。どのチームがいちばん早くゴールにたどり着けるか、競走ね。ただし、あっちはNPCだから攻撃はご法度よ」
ハハ……。今回ばかりはミオに任せるんじゃなかったかも。
《優勝チームに賞品は出んのですかな?》
ミオに負けずお気楽な性格のヨナのじいさんから。
「ん~、そうねぇ……。じゃあ、男の子にはあたいかジュディのどっちか、女の子にはトウヤから祝福のキッスをプレゼント♥ってことでどうかしら♪」
「こらあ、勝手に決めるな! なんで俺がそこに入ってんだよ!」
「そ、そうだよ! ボクだってやだよ!」
俺とジュディはすかさず抗議したが、ミオは無視して取り合わない。
《ホッホッ、これは負けられませんなあ》
《ったく、このエロジジイ》
小夜のぼやく声が聞こえてくる。
《そんなもんもらったってうれしくねえよ!》
《あっしは食いもんのほうがいいッス》
【トリアーデ】の反応は相変わらずこどもだ。勝てるつもりでいるところも。
「それじゃ、ゴールで会いましょ♪ 用意ドン!」
ミオが号令を発するとともに、各船がいっせいに加速を始める。
星間連盟の警備艇は編隊を組みながら牽引ビームを放ってきた。破壊力こそないが、命中したら操船が不可能になり、後は捕縛されるのを待つのみだ。
「乗員に告ぐ。シートにしっかり体を固定しろ。飛ばすぞ」
ううむ、レナードのやつ、かなり張り切ってるな。ジュディのキスは、あいつにとってそんなに高いプレミアを有するのだろうか?
「がんばって、レナード! 優勝は私たちのアルカディアがいただきよ♪」
結莉がはしゃぐようにけしかける。
……。深く考えるのはやめよう……。
結局、優勝はサジタリウス、二位は僅差でコメット、三位がアルカディア、晴彰たちはやっぱり乗り気じゃなかったとみえ、アンドロメダは四位だった。どっかでコースを間違えたのか、それとも派手な装飾のせいで警備艇にしつこく追いまわされたのか、最下位の轟天号が到着するまで、俺たちはだいぶ待たされる羽目になった。
ゲートキーが示した二つ目の地図には、惑星上の大陸や島嶼の配置が記されていた。いくら〝もう一つの地球〟といっても、地形は俺たちの地球のそれとはまったく異なっている。俺たちのいた時代とは別の歴史上のある時点の地球とは、やっぱり瓜二つなのかもしれないけど。
そのホログラムの地球儀上で、光のポインターが指し示していたのは、赤道近くにある環礁だった。俺たちは、海上に現れているわずかなスペースに五つの船を着陸させ、全員そろって船を降りた。
追っ手の姿は見えない。星間連盟のメタアース警備隊は、お尋ね者の環境テロリストたちを捕まえるために、わざわざ貴重な保護惑星の大気圏を汚染するつもりはないのだろう。もっとも、警備隊の配備すらゲームマスターが用意した余興の可能性もあるが。
余裕ができたところで、まずは優勝チームへのご褒美の授与式から。ヨナにはミオがキスのプレゼント。ジュディはいつまでも渋り続けたので、ヨキのほうからキス。俺から小夜への祝福は、丁重にかつきっぱりと辞退された……。
食事を兼ねた休憩の後、俺たちはさっそくゲートの捜索を開始した。ところが──
「ねえ、本当にここでいいのぉ?」
「確かに、ゲートっぽい建造物なんてどこにも見当たりませんねぇ」
ひろみも杏子も首をかしげる。二人の言ったとおり、狭い環礁の上にはサンゴの欠片でできた真っ白な砂浜以外何もない。その外側には水平線まで果てしない海が広がるばかりだ。
ついでに言えば、この環礁に集合するまでの間に上空から偵察した限り、惑星メタアースの上には風化した遺跡どころか、文明が存在したことを示す痕跡一つ発見することはできなかった。
本当にゲートはここにあるんだろうか? もしかして、俺たちがクリア条件を満たしたという判定が下りなかったのだろうか? でも、ゲートキーが指定した場所は、メタアースのこの環礁以外には考えられないはずなのに……。
「いえ、ゲートは間違いなくここにあります」
夷綱が手にしたのは、ダークマター/ダークエネルギーの濃度を検出するハンディタイプの測定装置だ。市販の船の部品をもとに自ら組み立てたのだろう。手先の器用な彼女は、こちらの世界に来てメカニックの才能を開花させたとみえる。
その検知器の針は、この環礁にきわめて高い魔力の素が凝集していることをはっきりと示していた。
「晴彰様。少々刺激を与えて反応を見てはいかがかと」
葛葉が提案する。【ミョージン】の二人は、未だに晴彰以外のメンバーとはなかなか打ち解けようとはしない。
「やってみてくれ、葛葉」
晴彰の指示に従い、葛葉がヒートレベルⅠの魔法を唱える。
「!」
不意に、環礁のど真ん中の高さ十メートルくらいの宙空に空間のゆがみが出現した。何かの入口のようにも見える。あれがゲート!?
〔GYAHHHHH!! 〕
ん? いまなんか聞こえなかったか?
「おい、ひろみ。こんなときにアレキサンドライトなんか使ってんじゃねえよ」
晴彰の叱責に、本人はブンブンと首を横に振った。
「違うよぉ、あたしたちじゃないってばぁ!」
「ですの!」
確かに、いまのは巨大ヒメの間の抜けたおたけびじゃなかったな……。
俺たちが固唾を呑んで見守る中、空間にぽっかりと開いた穴の中から、ぬっと何かが出てきた。
手だ。それも、かなりごつくてグロテスクな。
「ほらぁ、だから言ったでしょぉ!? 晴彰ちゃん、ちゃんと謝ってよぉ!」
「バカ、そんな場合か!」
だれもが即座に臨戦態勢に入った。俺は一六個のゲートキーを各チームに配分し直す。
登場したのは巨大なモンスター。見た目はまるで、様々な生物の部位を取って付けたキメラのようだ。いままでいろんな惑星を渡り歩いてモンスターたちとも戦ってきたが、こんなタイプにお目にかかったのは初めてだ。体高三〇メートル以上とサイズも極大だが、能力的にも種族の守護神獣クラスに匹敵するかなり手強い相手に見えた。
「ミオ、どう思う?」
「ゲートを守護する門番ってとこでしょ。優勝チームであれば問題ニャく倒せる設定のはず。ゲームマスターがあたいたちの力を試してるのかもね」
「じゃあ、俺たちの本気度を見せてやるしかないな。みんな、これが最後の戦いだ(たぶん)。遠慮は要らない、全力でぶつかれ! こいつを倒して、全員でゲートに行こう!!」
俺の号令を受けて、クライアントたちから威勢のいい閧の声があがる。
「おおーっ!」
「承知仕った!」
「いよいよ私たち【ミョージン】の本領を発揮する番ですわね」
「僕らがいることも忘れないでくれたまえ」
「回復ならうちらに任せとき!」
戦いの火蓋が切って落とされた。
葛葉はいきなりルビーの最上級魔法、灼熱の業火を放った。ヨナも負けじとトルマリンの天雷を呼ぶ。炎と稲妻の乱舞は、地球創世記のパノラマをじかに見ているようだ。
ミオとヨキが軽やかに宙を舞い、ともに種族最高位スキルである九生爪破と黒死無影突をお見舞いする。間髪入れず、ジュディ&レナードのダブル白銀狼牙が炸裂した。
猛り狂った巨大怪物は、痛恨のダメージにひときわ高い咆哮を轟かせる。
門番のHPは予想以上に高かった。攻撃のバリエーションも豊富なうえに、ステータス異常を引き起こすブレス系の全体攻撃を仕掛けてくるため、少しも気を抜けない。
「ひゃあああっ!」
巨大な触手の一本が、仲間の回復と防衛に専念していたチコリの足にからみつき、空中高く持ち上げる。
「チイちゃん!」
エシャロットが高々と跳躍して、パートナーを襲った触手に向け、チーム対戦では一度も見せたことのない必殺蹴りを披露した。
「食らいなはれ! 餓狼昇天蹴りや!!」
高速の連続蹴りを受け、巨大な触手が根元からちぎれ飛ぶ。
「すごいじゃないか、エシャロット。うちの二人にも全然負けてないや」
【イソップ】が本気を出してたら、番狂わせが生じてもおかしくなかったかもな……。
俺がクライアントを誉めると、杏子は頭を掻いて照れながら答えた。
「アハハ。あの子、昔から気の強いとこありましたから」
ちぎれた触手の先に巻きつかれたまま、宙に放り出されたチコリを、ヨキがナイスキャッチ。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうですよ。えっと、で、でも、高いところ苦手なんで、失敬して目つぶらせてもらうですよ」
その間になんとエシャロット自身が触手に捕まってしまった。いくら逃げ足が速くても、空中に浮いている間はどうにもならない。
「旋風戟!」
次に救出に向かったのは夷綱だった。種族装備の鎖鎌を使った遠隔攻撃で触手を切断。その足で、解放されたエシャロットをしっかりと受け止める。
エシャロットははにかみながら礼を述べた。
「お、おおきに……。なんか、イタチはんに助けられるのも妙な気分やなあ」
「イタチではありません、私はハクビシンです。主食は果物ですよ」
無数にあった触手が残りわずかになると、巨大モンスターの表面がボコボコッと変形し始めた。
「みんニャ、気をつけて!」
動物の内臓とも熱帯の植物ともつかない奇怪な姿に変態した門番モンスターは、強烈な魔法を放ってきた。炎・氷・雷の三属性を持つ、宝玉の最高位魔法にも引けをとらない破壊力だ。
「ヘキサゴンマジックバリアですよ!」
チコリの盾が効いている間に、消耗したみなを回復させるべく、エシャロットが召喚術を発動する。
「エル=ア=ライラ!!」
傷の応急手当てを施したところで、ミオがみなに促した。
「召喚で一気に蹴りをつけるわよ!」
「おう!」
ジュディ、ヨキ、そしてミオが一歩前に出る。そう……彼女はカインからネコ族の守護神獣との契約を引き継いでいたんだ。
「アヌビス=ローフ!!」
「シルベスター=ラーベン!!」
「バステッド=ミアスラー!!」
黒雲の中から現れた三頭の守護神獣が、咆哮とともに巨大なモンスターめがけていっせいに飛びかかった。すさまじい閃光がほとばしり、轟音が天地を揺るがす。
門番モンスターの動きがピタリと止まった。
「ラストは俺たちに任せろ! いいか、おまえら!」
「ラジャーッス!」
「OKですの!」
「行くぞ、三身合体アレキサンダー!!」
巨大フェレットの口から発せられた衝撃波が、モンスターにとどめの一撃を与える。
〔GYAHHHHH!! 〕
断末魔の叫びとともに、ついに門番の巨体は地響きを立てて崩れ落ちた。雪の結晶のような破片がキラキラと虹色にきらめきながら環礁の上に降り注ぎ、やがて溶け去っていく。
しばらくの間、だれ一人動かなかった。潮騒の音が、何事もなかったかのように時を刻む。
「ぃやったあああっ!!」
大歓声。とりわけ、最後に大活躍した【トリアーデ】の三人は大喜びだ。目を細めてうなずく者も、互いの肩をたたいてはしゃぎ回る者も、みなが興奮と歓喜に沸き立っていた。
俺は確信した。俺と杏子の推理は正しかったのだと。ゲートは間違いなく俺たち全員に対して開かれている!
祝勝ムードも収まりかけたとき、ふとひろみが沈んだ声でつぶやいた。
「ねぇ……もし、ゲートの向こうで願いがかなったら、あたしたち、もとの世界に帰らなきゃいけないんだよねぇ……」
だれもが心の片隅で気に留めながら、口にできなかったことだった。
向こうの世界で人生をやり直すことになったら、ミオやジュディたちクライアントはみな、元の動物の姿に戻ってしまう。こうやって言葉を交わすこともできなくなる。ヨナは相変わらずおしゃべりを続けるだろうけど。そして、寿命も……。
俺たちはまだいい。ヨキ、葛葉、夷綱の三人は、本当はもう野生に帰った身だ。いちばん辛いのは晴彰だろう。
俺の視線を感じたのか、晴彰がみんなを急きたてた。
「ほら、グズグズしてる暇はないぞ。ゲートが閉まったり、また変なのが出てきたりしたら困るだろ? もう魔力もすっからかんなんだぜ」
確かに、いまはまだクヨクヨ思い悩むのは早すぎる。
ヒメがひろみの手を握って促す。
「さあ、リーダー。行きましょう」
怪物が出てきた空間の歪みは、まだ環礁の上にじっととどまっている。
俺はゲートキーをかざしてみた。すると、地図を浮かび上がらせたときと同じように、脈動する光が穴に向かって吸いこまれていった。
反応はただちに引き起こされた。ゲートから、まるで虹でできたかのようなスロープが俺たちのほうに伸びてくる。
「最後は虹の掛け橋を渡ってこいってわけね。粋なまねするじゃない」
小夜がニヤリと笑みを浮かべる。
「この先でゲームマスターが待っているのね……」
いつのまにか結莉が隣に来ていた。怯えたこどものように俺の手をつかむ。
「みんな。一緒に手をつなごう」
ジュディがやってきたので、結莉と俺の間に入ってもらう。もう片方の手はミオと。
そうやって、十八人全員が数珠のように結ばれる。
「向こうに着くまで離すなよ」
「置いてきぼりはいやだもんな」
ミオを先頭に、俺たちは行列を作ってスロープを登っていった。
ゲートの向こうからは、春の日差しを連想させる温かい光がこぼれてくる。一歩、また一歩と近づくにつれ、その明るさが増していく。
そして──
俺たちはついにゲートをくぐり抜けた。