「そ、それは!?」
「そんニャあわてニャくても返すわよ。その手の武器はあたいとはどうせ相性が合わニャイからね。ハイ♪」
受け取ってもう一度しまう。本当に油断のならない子だ。朋也が背後をとれたのは、やっぱり彼に対するサービスにすぎなかったんだろう。
それでも、朋也はなぜか彼女にひどく惹きつけられるのを感じた。距離を置いて一行と正面から向き会ったそのネコ娘を頭の先、というか耳の先から尻尾の先までしげしげと観察する。押し迫る夕闇にまぎれてはっきりとは確認できないが、ショートに切りそろえた髪の毛とすんなりとした形のいい尻尾の色は、赤茶色でミオによく似ていた。いや、そっくりだ……。ちょっときつそうな目、瞳は内にあふれる好奇心を放射するかのように青みがかったグリーンに輝いている。これもミオと同じ色だ。左腕にはめた爪をしまう。そういえば、彼女もパンチするときは左利きだったっけ。
どこからどこまで、見れば見るほど、彼女は〝彼女〟を彷彿とさせた。顔つきも、ジュディがいまの顔なら、ミオがこの子と同じ顔だとしても全然違和感がなかった。
「ミオ──」
そう呼びかけようとして、朋也は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。もし本人なら、どうして自分の名を呼んでくれないのだろう? それどころか、彼女は爪で向かってきさえした。もっとも、ミオにじゃれつかれてひっかかれ、ミミズ腫れをこさえたことなんてしょっちゅうだが。
朋也の心は不安でいっぱいになった。ミオなのか? 違うのか? もしそうなら、なぜ自分から名乗ってくれないんだ??
「どうしたの? あたいの顔に何かついてる?」
何か言いたそうにしながらずっと自分の顔を凝視している朋也に、そのネコ族の娘は口をすぼめて尋ねた。表情は特に変わらず、見られるのが嫌だという感じじゃない。ただ、彼女のほうもじっと朋也の目を見続けていた。普通ネコは見知らぬ相手と視線を交わすことを嫌うものだが。
「いや……もしかして、君は……その……」
彼女の名前を呼びたい。会いたかったと叫びたい! この際、人違いでもいい! だが……いまの朋也にはその勇気が出なかった。
「君は……誰なんだ?」
「あたいが誰かって? あたいの名前はミ──」
そこで軽く咳払いをして続ける。
「ミャウっていうのよ」
確定だ。がっくりと肩を落とすと同時に、少しほっとしたような気もした。何しろ、感動の再会とは程遠い状況だったし。
「何言ってんだよ、ミ──」
「あーっ! ミントキャンディ(注)めっけ♥ ラッキ~~♪」
しゃべりかけたジュディを、ミャウと名乗ったネコ族の女の子はいきなりどんと突き飛ばした。彼女の足元から何か拾い上げるような仕草をする。この暗がりでよく見つけたもんだ。不意を突かれて尻餅をついたジュディは、起き上がると猛然と食ってかかった。
「(`´) この! ミ──」
「ミ~はミントキャンディのミ~ってニャ♪」
目つきは全然笑っておらず、ジュディをにらみ返している。
ジュディは押し黙ると、そっぽを向いた。
「ふんっ(`´)」
戦闘中も含めこれまでのやりとりを呆気に取られて見つめていたマーヤとフィルと違い、なぜかジュディは初対面のはずのミャウとまるで旧知の間柄のように振る舞っていた。同族だったらいざ知らず、相手はネコ族なのに。彼女は別にネコフェチ犬ではなく、通じていたのは隣家の幼なじみミオだけだ。もっとも、いまのジュディとミャウは仲がいいとは形容しがたかったが。
騒動が収まると、朋也はポツリとつぶやいた。
「そうか、ミオじゃないのか……」
つい落胆の表情と本音が出てしまった。彼女に対しては失礼だったかもしれない。ところが、ミャウはそれを聞いて一瞬目を輝かせたように見えた。
「誰かを捜してるの?」
「ミオっていうネコで、つい最近こっちの世界に到着してるはずなんだ。特徴は……そう、ちょうど君みたいな感じなんだけど……」
「……そう。残念ね、あたいがそのミオって子じゃニャくて。あたいは確かにネコ族だけど、ミオニャンて子は知らニャイわ。同じ毛色のネコ族ニャンてそこら中にいるわよ?」
「似てると思ったんだけどな……」
彼女は自らをミャウと名乗り、ミオでないことを明言したのだから、繰り返すのは未練がましかったかもしれない。案の定、彼女はちょっと気分を害したというふうにつっけんどんに聞き返した。
「あたいがそのミオって子に似てるっていうの? どんニャところが? あんた、エデンでの彼女を見たこともニャイんでしょ? どうしてそんニャことが言えるの?」
(注):ゲーム中では睡眠のステータス異常を治すアイテム。