「合格よ。予想以上だわ」
それでも、千里の顔からは悔しげな表情が消えなかった。そりゃ、そうだろう。力の差を歴然と見せ付けられたようなものだもんな……。比較の対象としては、美貌よりもそっちで負けるほうが100倍悔しいと見える。
「はあ……私なんて、あなたの足元にも及ばなかったのね。なんかショック」
「私がいくつだか知ってるでしょ? 20歳の頃の私には、あなたの半分ほどの魔力もなかったわよ? 今のあなたになら安心して力を託せるわ」
それを聞いて、ようやく気を取り直したようだ。
「ありがとう、イヴ」
続いてイヴは朋也に目を移した。ちっとも活躍してなかっただけに、採点されるのは嫌だなあ。だが、彼女は一言も発せず、彼を凝視するばかりだった。絶世の美女なだけに、あまり見つめ続けられると恥ずかしくなってこっちはまともに見返せない。
「あ、あの……俺の顔に何か?」
頬を掻きながらやっとの思いで口を開く。
「朋也……あなたはとても優しい人なのね。私を本気で攻撃しようとしなかったでしょう。彼女のことばかり気遣っていたし」
「いや、そんな……ハハ」
「なに赤くなってんのよ!」
千里に肘で小突かれる。
「そんなところも、本当によく似ているわ……あの人に……」
「あの人?」
千里が眉をひそめて問い質した。
「彼の名はアダム……。フェニックスを封じたのは私……でも、アニムスの封印を解き、その力で1つの世界を我が物にしようと企てたのは、彼でした。彼が、あなたたちの世界、モノスフィアにいる全てのニンゲンの始祖……そして、私の愛した人……」
アダム……幽霊たちが口々に罵っていた名だ。最初に出現した亡霊だけは自称していたけど。ニンゲンの始祖アダム……アダムとイヴ……それって!?
イヴはついに170年前の出来事、紅玉の封印の解放と、モノスフィアの創造にまつわる事件の真相を2人に語り始めた。
「あなたたちは、エデンではあらゆる種族が等しい存在だと聞かされているでしょう。でも、それは真実ではないのです。ご存知のとおり、この世界に住む者は魔法が使えます。それでも、多くの種族は限定的な魔力しか持ち合わせていません。その中で、私たちニンゲンは優れた魔法の使い手だったのです。思えば、それが奢りの源だったのかもしれませんが……。千里、あなたがごく短期間のうちにそれだけの魔法を使いこなせるようになったのはなぜだと思いますか? あなたにはもともと素質があったのです。フェニックスの霊光は眠っていたあなたの潜在能力を触発しただけ……」
「じゃあ、私たちニンゲンは、本当はみんな魔法が使えるの!?」
彼女がびっくりして尋ねる。
「俺、魔法なんて未だに全然使えそうにないんだけど……」
「あなたにはやはりアダムの血が色濃く流れているのでしょう。彼は聡明で武勇にも長けていたけれど、魔法は苦手でしたから……。それに、紅玉の力のみから生まれたモノスフィアは、そもそも魔法の発動する条件が整っていませんからね。時が経つにつれて存在自体忘れ去られ、フィクションの産物としてのみその名を留めたのでしょう。
「話を戻しましょうか。私はそのニンゲンの間でも、代々の魔術師の家系に生まれ、当時魔力で私の右に出る者はいませんでした。あの頃、私とアダムは深く愛し合っていた……。彼は私に向かって熱っぽく自身の夢、自身の野望を語って聞かせました。
「『俺たちはこんなところでくすぶっているべきじゃない。神獣は俺たちを庇護しているふうを装いながら、その実縛り付けているだけだ。獣たちと一緒に無為な日々を送らされるのはもうたくさんだ! 飼いならされ、せっかくの能力を腐らせたまま人生を終わるのはごめんだ! 俺たちには世界を赴くままにデザインする力がある、その権利があるはずだ! 違うかい、イヴ? さあ、一緒に自由な世界を手に入れようじゃないか! そして、2人だけの新しい未来を築こう、愛しい人』
「私は、彼の語る壮大なビジョンにうっとりと聞き惚れました。彼の力になりたい……彼の望みを叶えてあげたい……彼に愛されたかったばかりに、私は自分がどれほど恐ろしいことをしでかそうとしているかも省みず計画を練りました。疑り深く用心を怠らないキマイラや所在の知れぬ第3の神獣より、最強と謳われながらおよそ警戒することを知らないフェニックスの方が標的に相応しいと私は考え、彼女に近づきました。そして、研究の末、彼女の不死の力を逆手にとって無力化する禁断の秘呪を編み出しました。紅玉の封印を解くのに成功したアダムは──」
そこで彼女はうなだれて目を閉じた。
「私と他の男たちを置き去りにしたまま、他の女たちとともに彼が新たに創り出した世界へ逃亡したのです……」
そうか……アダムは実在したけど、イヴは……今目の前にいる本人は、ニンゲンの始祖じゃなかったんだ。本人がいないのをいいことに、悪者にだけされたってわけか。千里はしばらく口をあんぐりと開けて声もなかったが、やがて両手を口に当ててうめいた。
「ひどい!!」
「秘呪を行使した副作用で──あるいは、フェニックスの呪いというべきかもしれませんが──私は不老不死の身となりました。アダムが、優秀な魔術師として私を最初から利用するつもりだったのか、不死を得た私に恐れをなしたのかはわかりませんが……。その後、キマイラの怒りを買った私は、残された男たちとともにこの塔に幽閉されました。彼らはみな、私とアダムを恨みつつ死んでいきました。ここであなたたちに襲いかかった亡霊は、彼らのさ迷える魂……。不老不死と引き換えに、私は子をもうける力も失ってしまいました。もっとも、私自身しばらくは一族の男を誰も信用しなくなり、近寄らせようとはしませんでしたし、彼らのほうも私を恐れて近寄りませんでしたがね。それに、目の前で子や孫が次々に死にゆくのには耐えられなかったでしょうし……。こうして、エデンから私たちニンゲンの一族は滅び去ったのです。ただ1人、私だけを残して……」
「そういえば、塔の1階に出てきた怨霊もアダムって名乗っていたような……」
「……ダムを恨んで死んだ男たちの亡霊が彼の名を騙ったのでしょう……」
少し間があったものの、アダムの偽者についてはそれ以上何も語らなかった。
彼女の話を聞いていた千里は、いきなり烈火の如く怒り出した。
「許せないわ、そのアダムって男!! きっと私たちの世界で血生臭い戦争が絶えなかったり、動物たちがひどい目に遭っているのも、みんなその男の所為なのね!? 自分の身体にもそいつの血が流れてるかと思うと、嫌になっちゃう!」
「俺も、似ているって言われるとショックだなあ……」
「2人とも……心や行いは遺伝するものではありませんよ? 少なくとも、それは自らの意志で変えることができるのです。すべては……私が若く、愚かだった所為。永久に苦しみ続けるのも当然の報いでしょう……」
「そんな! あなたは騙されただけじゃない!? それじゃ、あなたがあんまり可哀相だわ!!」
我が身の如く同情を寄せる少女に、イヴは優しく微笑んだ。
「ありがとう、千里。でも、私はもう自分の運命を受け入れていますから……。それより、ニンゲンの業が今なおエデンに影響を及ぼしているとすれば、責任の一端は私にあります。千里……あなたならば、きっと失われたヒトと獣の絆を再び結び、エデンに光明をもたらすことができるでしょう。犠牲を出すことなくエデンを救う方法はあります。私がそのために力を貸しましょう。あなたは愛する者を護るために──キマイラを倒すのです!!」
最後の台詞を口にするとき、彼女の表情がにかに険しくなった。場合によっては神獣と戦うことになるのも覚悟はしていたが、いざ他人の口から指示されると戸惑いを覚える。
「……どうしてもキマイラとは戦わなきゃいけないのか?」
彼女の顔つきがさらに厳しくなる。
「甘いですね、朋也……。キマイラは自分の叡智に絶対の自信を持ち、結果しか顧みることをしません。その過程でどれほどの犠牲を払おうと、彼にとっては考慮外なのです。そのうえ、あの者は秩序を乱す者に対しては恐ろしいほど冷淡になれます。目的のためならばどんな非情な手段もいといません。これまでの経緯を思い返してご覧なさい。彼が妖精やイヌ族、ネコ族、ウサギ族の者たちを捨て駒として用い、どのように事を運んできたかを……」
「それでも、話し合いで済むならそれに越したことはないけど……」
朋也がなおも逡巡していると、イヴは今度は優しく諭すように話しかけた。
「……朋也、恐れることはありません。ヒトの持つ力を、可能性を信じるのです……。お2人に、私たちニンゲンの一族の強大な魔力を象徴する守護神アテナの加護を授けましょう」
イヴの頭上の空間が白く輝き始める。その中に、足に届くほどの長い髪をした裸身の女性が姿を現した。
「彼女はアテナ=ペルソナ、私たちヒト族の守護神です。170年前の事件後、彼女の力もこの塔の中に限られてしまったの。私にとっては唯一の話し相手になってくれたけどね。でも、一族の子孫であるあなたたちと契約を結び直すことで、彼女も自由になれるわ。朋也、あなたでも彼女なら召喚できます。召喚魔法はジェネシスに次ぐ威力を発揮できるうえに鉱石も不要だから重宝するはずですよ」
アテナはにっこり微笑みかけると、朋也たちの頭上に移動してきた。温かい光に全身が包み込まれるようだ。姿は消え失せてしまったが、〝彼女〟が常に側にいてくれるのを感じることができた。
「それから、これをお持ちなさい」
続いてイヴが取り出したのは銃だった。
「この銃は?」
「神銃というの。術の能力の低い者でも、それに近い力を発揮できるよう、魔法の弾が込められた銃です。物理系と魔法系、両方のダメージが与えられますよ。本当は私がアダムに贈るはずだったもの……代わりに、あなたの大切な人をそれで護ってください……」
「わかった。ありがたく受け取っておくよ」
イヴに渡された神銃を手に取る。絆の銃に劣らぬ威力がありそうだ。
「さて……千里、今のあなたは持てる魔力の半分も引き出せていません。あなたが自分の才能をフルに発揮できるよう、私がアドバイスしてあげます。朋也、レゴラスへ発つまでの9日間、彼女を私に預けてくれませんか?」