こんな姑息な手にかかって覆されるほど、自分のマーヤに対する気持ちが弱いと思われたくはなかったけれど、彼女の必死のアドバイスに従うことにする。ギュッと固く目を瞑って顔を背ける朋也に、ディーヴァは薄ら笑いを浮かべて声をかけた。
「あらあら、困った人ね。私を見てくれないの? そんなに固くならなくていいのよ、坊や……」
彼女はフッと朋也の顔に息を吹きかけた。な、何だ!? 力が抜けていく。まるでこじ開けられるように、瞼が開かれていった。こんなの反則じゃん……。
目の前にディーヴァの顔が迫る。自分の大切な人と瓜二つの面立ちと、それでいて幼稚園児に等しい体格の彼女と違い、成人したニンゲンの女性と違わぬ魅惑的な身体の持ち主。朋也の抵抗も空しく、無理やり視線を絡め取られる。くそっ、負けてたまるか!
だが、朋也は妖しく光るディーヴァの瞳からどうしても目を逸らすことができなかった。身体が痺れたようになって動かない。弓を握りしめた腕がだらりと垂れ下がる。
「い、いやぁ……やめてぇ!!」
眼前で彼が術に囚われ、次第にその目の輝きが消え、顔から生気が失われていくのを目の当たりにしながら、マーヤは掻きむしるように両手で顔を覆った。
「その人を見ないでぇ、あたしを見てぇ……お願いだよぉ……あたし、あなたを愛しているのよぉ!」
そんなマーヤにあてつけるように、ディーヴァは身じろぎ1つできない朋也に手足を絡ませ、侮蔑の眼差しを向けた。
「愛してるですって? お前が? このニンゲンを? フッフフフ……笑わせないで! お前に何ができるの? 口先だけで愛を語る以上の何が? そんなもの所詮お遊戯にすぎないわ。お前にこんな真似ができて?」
甘い吐息を耳元に吹きかける。うっとりする香りが鼻腔をくすぐり、目がトロンとなる。透き通るような白い手で朋也の頬をなで、頤をなぞる。そのまま首筋から胸に向かって指を這わせていく。彼の背中をゾクゾクするような快感が突き抜けていく。熟れた果実のような唇が、刻印を刻むようにそっと彼の頬に押し付けられる。もう、駄目だ……彼女のことしか考えられない……。
「さあ、これでもう坊やは永遠に私の虜……」
施術が完了しディーヴァの手が離れるのと入れ替わるように、マーヤが彼の腕にしがみついてきた。何とか呪縛を解こうとして、泣きじゃくりながら涙と鼻水に塗れた小さな唇でキッスの雨を降らせる。
「朋也ぁ! お願い、目を覚ましてぇ~!!」
泣き伏す彼女を尻目に、妖精長は冷酷な命令を下した。
「さあ、その者の心臓を射抜きなさい!」
マーヤはハッと息を飲んで顔を上げた。
朋也はディーヴァに命じられたとおり、ゆっくりとした動作で弓に矢をつがえ始めた。自分の身体であるにも関わらず、まるでテレビドラマの登場人物でも眺めているようだ。涙を流しながら訴えかける大切な人を殺めようとしている自分を止めることができない。どうしようもなく情けなかった。
だが、彼女の名前すら出てこない。頭の中がディーヴァのことで一杯だった。意識を他のものに振り向けることさえ押し留められてしまうのだ。彼女のことだけ……。
そうだ、無駄な足掻きかもしれないけど……せめて命令以外のディーヴァに関する事柄に意識を集中しよう……この手を遅らせるためだけにでも……。でも、何に注目しようか??