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クルル: +

 朋也はベッドから足を下ろしながら答えた。
「いいよ、付き合ってやるよ。クルルが村のみんなのために自分のできることをしたいっていうなら、喜んで応援するよ。村が大変な時に無理を言って手伝ってもらってるのはこっちの方なんだし……。それに、ビスケットの恩だってあるもんな♪」
 まあ、ウサギ族が絶滅するかもってのは大げさにしても、このままじゃ大変なことには違いないしな。
「ほんと!? ありがとう!! クルル、やっぱり朋也に相談してよかった♪」
 どうやら朋也がOKするとはほとんど期待していなかったらしく、跳び上がって喜ぶ。
「さて、そうは言ったものの……他の連中にはどう説明したもんかな? ミオも千里も、こんな時に何のつもりだって文句言うだろうし」
「とりあえず村の様子を確かめるだけなら、クルルと朋也の2人だけでも大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」
「……もしかして、これから出発するとか言ってる?」
「うん♪ 善は急げって言うじゃん」
 さらりと言ってのける。若いなあ。
「インレ村の正確な場所をクルルも知らないし、途中で雪山を越えなきゃいけないし。かといって、時間は限られているから、急いだ方がいいと思うんだ。それに、やること、考えることがいっぱいできたから、目も冴えてきちゃった。クフフ♪ でも、朋也が疲れてるようなら明日に延ばしてもいいよ?」
 そう言って顔をのぞき込む。そこまで言われちゃうと、男として引っ込むわけにはいかない。
「いや、クルルさえ平気なら今夜のうちに出発しよう。まあ、途中で眠くなったら無理せずにどっかで休んでけばいいもんな」
 クルルがミオたちに宛てて書置きをしたためる。あいつ、自分たちを置いて2人で出かけたりしたらきっと怒るだろうなあ……。
 準備が整うと、2人は他の客やミオたちを起こさないようにそっとフロントを抜け、ホテルの前に駐車してあるエメラルド号のもとに向かった。
 クルルをサイドカーに乗せると(昼間せがまれさんざん乗り回させてやったので、もう飽きたとみえ素直に運転席を譲った)、朋也はエメラルド号を静かに発進させた。城門まではそろそろと徐行運転で行く。
 シエナの大通りはこの時間でも人通りが絶えなかった。通行人はみな自走車に乗ったヒト族とウサギ族の2人連れが来ると、ジロジロとヘンな目で見ながら道を開ける。まあ、慣れてもらうまでは仕方ないか。ただ、城門の守衛には行方不明事件解決の報せが渡っていたとみえ、すんなり通してくれた。
 門の外に出ると、一路北西のエルロンの森を目指す。インレに行くには、まずこれまで辿ってきたルートをユフラファの手前まで引き返すことになる。さすがに今夜のうちに現地に到着するのはかなり厳しいと思われたので、たぶんユフラファかどこかで泊まらせてもらうことになるだろう。クルルはオルドロイの事件後、生まれ故郷の村に引き返すことなくシエナまで来てしまったのだから、むしろちょうどいい機会だったかもしれない。
 ついでに言えば、彼女がインレのことを名前すら知らなかったというのは、腑に落ちない点がなくもなかった。ユフラファに着いたらその辺も確かめておく必要がある……。
 夜間フィールドに出没するモンスターは日中よりもレベルが高く、夜行性の住民も含め市街地の外を移動しようとする者はまずいない。長距離行でもあるし、事故の危険も少ないことから、朋也はスロットルを全開にして時速100キロまでスピードを上げた。オデッサ平原を抜け、エルロンの森に入る。エメラルド号には何故かカーナビに似た位置表示システムまで付いていたので(さすがに博士も衛星まで打ち上げたわけじゃないだろうけど)、迷いやすい森の中の夜道でもへっちゃらだった。クレメインからこいつを使えたら今まで何の苦労も要らなかったろうになあ……。
 1時間以上、ノンストップで走り続ける。ときどきクルルをチラッと見やるが、眠そうにしている様子はなく、夜のドライブを満喫しているようだ。どうやらBSE事件の後遺症もなさそうだな。よかった……。
 オルドロイ山を望むスーラ高原を通過し、2人を乗せたエメラルド号はモルグル地峡にまでやってきた。さすがに道幅も狭くジグザグに曲がった峠をサイドカーで越えるのは難儀する。下手にスピードを出しすぎて曲がりきれないと、谷底に真っ逆さまだし……。
 峠の頂にさしかかったところで、エンジンが不調を訴える。ヤバイな……こんなとこでエンストを起こされたら、自動車工の知識なんてからきしの朋也ではどうしようもない。そもそもモノスフィアの自動車工にドクターの車の仕組みをできるかどうかは大いにアヤシかったが……。ウシモフを連れてくりゃよかった。嘆いていても仕方ないので、いったん停車してエンジンの様子を見てみることにする。
「クルル、少し休憩にしないか? ずっと走ってきてだいぶ疲れたろ?」
 燃料タンクをチェックしながら、彼女に声をかける。向こうの車に比べて衝撃の吸収性能も段違いによかったものの、車体の低いサイドカーに長時間座っているのはやっぱり腰がきついだろう。ここなら高台でモンスターに不意打ちを食らう怖れもないし。
「うん、そうだね」
 クルルはサイドカーを降りて立ち上がると、うーんと伸びをした。エメラルド号のほうは、どうやら燃料の鉱石が足りなくなっただけらしい。ドクター・オーギュストの発明したエンジンは、廃油と鉱石を利用するハイブリッドタイプで(日中は更に太陽光も利用できるという優れものだ)きわめて高効率にできていた。さすがに夜間長距離を飛ばしてきたので鉱石が切れかかったようだが、少し補充してやればまだまだ十分走れそうだ。
 補給とエンジンのチェックを済ませると、エメラルド号にもたれかかって夜空を見上げる。東の地平線からちょうどオリオンが昇ってきたところだった。月明かりのせいで天の川はうっすらとしか見えないが、すばる星団もはっきりわかる。馴染みのある豪華な冬の星座たちに魅了されると同時に、なんだか元の世界に戻ってきたみたいな錯覚を覚える。
 さっきからラジオ体操の真似ごとをしていたクルルも、朋也の隣に来て一緒に降るような星空を仰ぎ見た。そうか、異世界の住民といっても、クルルも俺と同じ星空をながめて育ってきたんだよなあ……。そう思うと、彼女が一層身近な存在に思えてくる。
「……もし、インレに着いて、適齢期の男性を見つけたら、クルルはどうするんだ?」
 朋也は彼女に何気なしに質問を向けた。
「え? なんで?」
 キョトンとしながら彼のほうを振り向く。
「いや、つまり……クルルは自分のお婿さんもやっぱり探すのかな、と……」
 単刀直入に尋ねてみる。クルルが今回のインレ捜索行を申し出たのは、もしかして彼女自身のそういう意向もあったんじゃないかな──という気もしたからだ。
「クルルは……別にいいよ。まだ早いし……それに、朋也が……」
「え?」
 ボソボソと言葉を濁した最後のほうが聞こえなかったので、聞き返す。
「な、何でもないよっ!」
 なぜか頬を赤らめながら、クルルはあわてた素振りで首を振った。しばらくしてから、彼女は恐る恐る尋ねてきた。
「朋也は……クルルも誰かお婿さんを見つけて結婚した方がいいと思う?」


*選択肢    もちろん    クルルの自由だろ    して欲しくない

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